第9話「いざッ、謁見の間へ!!(3)」
「……魔王様。『毎日飽きもせず』とのことですが、さっきの
「そうじゃ!
先ほど直したばかりの天井を見上げ、溜息をつく魔王。
2年前って魔王が代替わりした時よね。
ってことは即位してから毎日あんなのが襲ってくるわけで……うわ、そりゃ大変だわ。たぶん魔王のリアクション的に苦戦はしてないっぽいけど、あんな感じで毎回お城を破壊されるんじゃ、おちおち仕事もできないじゃない!
「というか、そもそも皆さんはどうして戦いを挑んでくるのでしょう?」
「仕方あるまい。
……そういえば。
首都グラナドへの出店にあたり私は魔国の状況を細かく調べ上げたのだが、その事前調査の結果で
魔国には、“
なお「人間の国のように法律を作ろう」とした魔王もいたらしい。
だがうまくいかなかった。何故なら魔族の多くには本能として“
魔族の大多数を占めるのは、戦闘力が高く、直情的な者。
彼らとっては、いわば“
……魔王を取り巻く環境も、例外じゃないみたいね。
「でもそれならどうして、魔王様は先の魔族を殺さなかったのですか? 実力的には、魔王様なら余裕で殺せましたよね……毎日の襲撃もそれで解消されるのでは?」
魔国では「他者を殺害しても特に罪に問われない」のだそうだ。
“殺される奴が弱いのが悪い”んだって。
ちなみにユベール王国では多少の例外――例えば「家に新入してきた刺客を返り討ちにした」とか――はあれど、殺人は法廷で裁かれることになる。まぁ法律を決めているのは王家の独断だし、完全に公平ではないけどね。
あ、もちろん私だって
私は領地を治める上で「“自衛”の観点から殺さざるをえない」って場面に遭遇する機会が結構あったし、経験上、そのほうが合理的かもってだけ!
「無論、殺そうと思えば余裕じゃよ! じゃがのう、先代魔王である父上に強く言われておったのじゃ……『
「なぜです?」
「ふむ……」
何やら顎に手をあてる魔王。
それから、おもむろに聞き返してきた。
「……昔々のことじゃ。かつて我が魔国が、隣国ユベールへと攻め入り、返り討ちにあったことを知っておるか?」
「ええ、まぁ。昔話程度ですが」
ん?? 急に話が変わったな?
「我々魔族は戦いに
「さぁ?
ひとまず笑顔で誤魔化しておく。
もちろんユベール王国の歴史学では、この戦争の勝利要因についても様々な説が上がっていたけど……ここで下手に語ってボロが出たらまずいでしょ?
平然としたまま魔王は続ける。
「……実はのう、答えは『魔王が国民を殺し過ぎたこと』らしいのじゃ」
待って! その説は初耳よ!
「ど……どういうことですか?」
「ふむ。
――えッ?!
当時の魔王、そんな理由で侵略したのッ?!
ユベールの歴史書には残されてなかった事実なんだけど!!
「でも代々の魔王は全員がお強いのでしょう? それなのにどうして返り討ちに?」
「仕方あるまい。奴には味方がほぼおらんかったのじゃ」
「あ! まさか『
「そうじゃ。対して隣国ユベールで待ち受けていた“勇者”とやらには多数の仲間がおっての。魔王も孤軍奮闘したようじゃが、数の暴力には勝てんかったようじゃの!」
うわぁ……ま、そんな酷いのが王様じゃ、誰もついてこないか。
「ユベールの侵略に失敗した後、次代を継いだ魔王がおった。奴は国を立て直そうとしたのじゃが、それはそれは大変だったらしい。激怒するユベールから国を守らねばならん上、先代魔王が殺し過ぎたせいで国民の数が激減しておってのう……その経験をふまえ、後世の王家に伝えたのじゃ。『国民を殺すことは国力の減退だ、国民は極力殺してはならぬ』とな」
我がユベールに伝わる歴史と照らし合わせても、魔王の話に矛盾はない。
それどころか、今まで不明とされてきた部分を補完する貴重な口伝の史料じゃないのよ……我が国の歴史研究家に聞かせたら卒倒すること請け合いね!
「かような理由で、
うんざりした顔の魔王が、石造りの壁を指さすと――
「死ねぇえェェッ魔王ッッ!!!」
――強烈な雄叫びとともに、分厚い壁を破壊したのは
闘志に燃えた眼光で、鋭く長い
だが目標には刺さらなかった。
なぜなら
「ったく……話の邪魔をするでないわっ!」
ふわっと立ち上がるなり、魔王は華麗にアッパーカット。
「ミル様! お怪我は?」
先と同じ流れの襲撃に唖然としていた私に、ゼトが鬼気迫る表情でたずねてきた。
侵入者が姿を見せると同時に私をかばってガードしてくれるあたり、護衛としての役割をしっかり果たしてるわね。
「おかげさまで何ともないわ」
ニコリと言葉を絞り出す。
そのまま魔王にも声をかけてみた。
「お疲れ様です魔王様」
「ふん。この程度、
死んだ目で溜息をつくと、魔王は修復魔法で壊れた城の天井や壁を直していく。
「……でもさすがにこうも襲撃が続くと面倒ですよね?」
「まぁそうじゃな。せめて父上の代ぐらいまで、襲撃回数が減ればよいがのう――」
「え? 先代の時は襲撃が少なかったのですか?」
「せいぜい年に数回じゃったぞ」
「どうして今はこんなに増えたのです?」
「そりゃ父上は“魔国最強”として、国中から恐れられておったからの!」
なるほど! 根本的に本能で戦意喪失させてたわけね……!
まさに「弱肉強食の国だからこその統治法」って感じだわ。
「
まぁ“
とはいえ魔王が強いのは事実よね。
もし私だったら、あらゆる手段で環境を整えて、無理やりにでも「自分が最強だ!」って認めさせてやるのに……
……待てよ?
瞬間、脳裏に走ったのは。
ニヤニヤを懸命に押さえつつ、私は魔王をまっすぐ見据える。
「ねぇ魔王様。先ほどおっしゃいましたよね。
「ああ。確かに言うたな」
「ならば
「……“ぷろでゅーす”じゃと?」
首を傾げる魔王。
「簡単にいえば『
「そうじゃな。成功すれば、じゃが――」
「あらっ。
「ほう……!」
魔王の目に浮かんだのは興味の色。
「……お主、名前は?」
「ミルと申しますわ」
「ではミルよ。その“ぷろでゅーす”とやら、お主に任せようではないか!」
「ありがとうございますッ! 成功の暁には――」
「分かっておる、お主の安全保障じゃろ。
「うふふ……期待してお待ちあそばせ♪」
こうして私は、魔王との取引の第一歩を進めることができたのだった。
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