第7話「いざッ、謁見の間へ!!(1)」


「すうぅぅ…………はぁ……」


 舞台は再び現在の『魔王城』。

 巨大な扉を前に、私は大きな大きな深呼吸を繰り返していた。



 この扉の向こうにあるのは『謁見の間』。

 そう、魔王が待つという部屋である。


 ――思い出しなさい、私。

 これまでに越えてきた数々の修羅場を。

 大丈夫よ。今回だって絶対うまくいく……いかせてみせるわッッ!


 なんたって相手は

 ちょっとでも油断するとジワジワ浸食してくる恐怖を、強気な言葉でガンガン心の隅へ追い払い、勢いのままに蓋をする。



「……2人とも覚悟はいいわね?」

「勿論ですミル様!」

「ピヨッ!」


 隣で答えたのは緊張した面持ちのゼトとハクト。

 こちらの心の準備が整ったのを見計らい、案内役の男魔族が謁見の間へと続く扉に手をかけた。



 ガチャ……ゴゴゴゴ……


 鈍い音が響き渡り、巨大な扉が開いた先に待っていたのは――





 ――広大な





「……?」


 ポカンと固まる私たち。


 一瞬、かと思った。

 だが何度も目をこすってみても広がる光景に変化はない。

 おどろおどろしい黒尽くしで重厚なつくりだった魔王城の廊下とは打って変わって、だだっ広い室内に咲き乱れているのは色とりどりの花。高い天井からは暖かな光が差し込んでるし、サラサラと澄んだ水が流れる細い小川まであるんだけど……




「待っておったのじゃっ♪」


 花畑の中央から声をかけてきたのは、ニコニコご機嫌な白ドレスの幼女だった。

 ふんわり長い銀髪を地面に垂らすように切り株へと腰かけ、こちらへぶんぶん手を振っている。




「「??」」


 ゼトと顔を見合わせてから、私はおずおず口を開く。


「……あのぅ、わたくしは魔王様にご招待いただき、この『謁見の間』へとさんじたのでございますが――」

「わかっておるっ! “あいすくりぃむ”の件じゃろ!」


 私の言葉を楽し気にさえぎる幼女。

 いったい何者なの?

 用件まで知っているあたり「魔王に近い人物」なのは間違いないと思うけど。



「で、肝心の魔王様はどちらに――」

わらわじゃ!」

「ん??」

「じゃからわらわがお主らを招いた本人……つまり新月しんげつの魔王ノヴァルーナじゃよ!」


「「――え゙~~ッッ?!」」


 思わず叫ぶ私たち。



 ……ちょ、ちょっと待って?!

 魔王といえば、この『魔国グラナトゥム』の頂点に立つ存在だよね?

 それがこんな“ふわふわ可愛い系の元気な幼女”とか、そんなのアリ?!


 焦って後ろを振り返ると、案内役の男魔族が達観した瞳で「そのとおり」と言わんばかりにうなずいた。どうやら幼女の冗談じゃないみたいね……




「ほれ、はよ出さんか。わらわの貴重な“3時のおやつたいむ”が終わってしまうじゃろ」


「――ゼト! あれを早くッッ!」

「しょ……承知しましたッ!」


 魔王の催促で我に返った私たちは、慌てて献上品を差し出す。

 保冷魔導具から取り出した『特製アイスクリーム』は溶けることなく、首都グラナドの我が店舗で盛り付けた時のままの姿をキープしていた。


「おおっ! かわいいのじゃ~っ!!」


 アイスを目にした魔王が感嘆の声とともに見惚れる。

 第一印象は成功のようね!

 せっかくなので、ただアイスを皿に載せるだけじゃもったいないよなぁ……ってことで、うちのパティシエに頼んで、果物フルーツの飾り切りや星型で焼いたクッキーなどで飾り付け、良い感じのパフェっぽく豪華に仕上げてもらったのだ。


「さっそくいただくとしようかの!」


 魔王はスプーンを握るや否や、ミルクアイスをチョコソースごとすくって一口。


「「ごくり……」」


 私とゼトの喉が鳴る。

 そのまま固唾を飲みつつ見守っていると――





「うんっまいのじゃ~ッッ♪」


 目をキラキラさせて叫ぶなり、魔王は凄い勢いでアイスをパクつきはじめる。

 私とゼトはホッと胸をなでおろしたのだった。





 ・・・・・・・





 少ないよりは多いほうがいいだろうと、なかなかに大盛りにしてもらったはずだったのだが、魔王はソース1滴すら残すことなく綺麗に完食。満足げにニンマリ笑って腹をさすった。


「ふぅ~~♪ “あいすくりぃむ”とやら、たいそう美味びみであったのじゃ!」

「ウフフ……お気に召していただけたようで何よりですわ!」

「して褒美を取らせたいのじゃが、お主希望はあるかの? 何でも良いから遠慮なく言うてみい!」




 ――きたァッッ!!


 瞬間、私は心の中でを決めていた。



 実は魔国に広まっている「魔王の甘味スイーツ取り寄せの噂」には続きがあった。

 取り寄せた甘味スイーツを魔王が気に入った場合、“破格の褒美”をもらうことができるというもの。その褒美というのも人それぞれで、魔王に高額な秘宝をもらって億万長者になった者もいれば、伝説の魔導書をもらって一気に戦力アップした者もいるという。

 魔王の後ろ盾が欲しい私にとって、まさに“渡りに船”な情報だったのだ。



 この1週間ほどの私は、自店の宣伝などで首都グラナド内を駆け回りつつ、「魔王がこれまで気に入った甘味スイーツ」の情報も収集。先の特製アイスの豪華な盛り付けやトッピングも、その情報を元に、事細かに指定していた。


 いわば好みを狙い撃つ「魔王特効甘味スイーツ」。

 それを作り上げ、献上することで、確実に褒美をもらうための土台を固めていたのである。当然ながら、希望する褒美の内容だって既に決定済みなわけで……




「……それでは、わたくしの安全を保証していただきとうございます」


 はやる心をおさえつつ、私は営業スマイルで爽やかに答えた。


 悩みに悩んだ末に導き出した希望の褒美は「とりあえず形式上でも『魔王に自分ルミエラの命だけ保証してもらう』ことで、ユベール王家にかけ合えるだけの後ろ盾とする」というもの。

 本当なら自分だけじゃなく領民全員や父を保証してほしい。だがさすがにそこまで魔王に求めるのはなぁ、後は自分で何とかするしかないか……ってことで。




 魔王は「む?」と首を傾げ、そして言った。


じゃ!」



「――へ?」


 嘘でしょ?!

 即答で断られたんだけどッ?!?!

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