第29話 記憶

「うるさい」


 私が目を覚ますとそこは耳を塞ぎたくなるような、というか実際に耳を塞ぐ程うるさい場所に居た。


「ここどこ?」


 辺りを見回すと、そこはおそらく病院だった。


 私は病室のベッドに寝ていたようだ。


「そして眠る美少女」


 隣にはベッドに突っ伏して寝ている美少女、もとい天使が居た。


「天使も寝るのか」


 私がそんなことを言っていると、天使が目を覚ます。


「おはよう」


「おはようございま、って乃亜のあさん」


 天使が驚いた様子で私を見てくる。


「うん、乃亜さんだよ」


「乃亜、さん」


 今度は天使が泣きながら抱きついてきた。


「よかった。私達が戻って来てから五日も寝続けてたんですよ。ほんとによかった、なんともなくて」


(なんとも、か)


 それは少し違う。


 私にはこの天使の記憶がない。


 もしかしたら知り合いのフリをしてるだけたもしれないけど、病室に知らない人はそうそう入れないはずだから知り合いのはずだけど、何も思い出せない。


「んーと、学校帰り?」


 私は当たり障りない話で天使の情報を引き出すことにした。


 とりあえずは時間的に学校は終わってるだろうということと天使が制服ということで話をしてみる。


「はい。ほんとは乃亜さんの隣にずっと居たかったんですけど、乃亜さんのおばあさんに、乃亜さんがいけない分私は行った方がいいって言われて」


「おばあちゃんですか」


「……はい、ところで乃亜さんはほんとに大丈夫なんですよね」


「だいじょぶだいじょぶ。知らないけど」


 そもそも私がなんで病院に居るのかも分からない。


「てかまずは誰か呼ばなきゃだよね?」


「そうでした」


 そして天使がナースコールを使ってくれた。


 そして私は検査を受け、結果はエピソード記憶障害らしい。確かに私の最後の記憶はクラスの女子と五百円の話をしていた辺りまではある。


 理由は分からないけど、脳に相当のダメージが入ったようで、これはよかった方らしい。


 本当なら死んでいてもおかしくないレベルだったと言われた。


 記憶が戻るかどうかは分からないらしい。


 そう聞いた私は絶望なんかよりも天使にこのことがバレないようにしないといけないことが不安でしかなかった。


 私からしたら初対面なのに、何故か悲しませたくないと思ってしまう。


 そして私が病室に戻ると、そこには新たな美少女が三人居た。


「乃亜さんおかえりなさい」


「ただいま。どしたの?」


「みんな乃亜さんが目を覚ましたって言ったら急いで来てくれたんですよ」


 私にこんな美少女の知り合いが四人もいたなんで初めて知った。個性が強そうだけど。


 でもきっと、抜けた記憶にこの子達の記憶もあるのだろう。


「たまたまうち達の家が近くてよかったよ。そのおかげで乃亜が目を覚ましたって光亜みあから聞いて、すぐ来れたんだから」


「ほんとにねぇ、叶衣莉かいりちゃん達とここで会ったのには驚いたけどぉ」


「僕や未来空みらく達に来たあのメッセージってなんなんでしょうね?」


 私は話を聞きながらベッドに戻る。


(天使が光亜でちっちゃい子が叶衣莉、おっきいのが未来空ね)


 名前を確認しながら私は話を聞く。


「それなら私聞きました。私やあおさん達にメッセージを送ったのは乃亜さんのおじいさんらしいです」


「誰から?」


「乃亜さんのおばあさんと会った時にきっとそうだろうって」


(僕っ子は蒼と)


 私には話の内容がよく分からないから、名前を覚えることに精進する。


「そういえば彩楓さいかは来ないのか?」


「彩楓さんはお母さんが足を怪我したみたいで、この病院には居るみたいです」


「じゃあ後で来るか」


 私にはまだ知り合いがいるらしい。


 今までの人生を考えるとありえないことだ。


「それで乃亜さんの退院はいつになるんですか?」


「えっと確か、外傷はないから少し経過観察したら退院だって」


「じゃあ退院したらお祝いしましょう」


「なんだぁ、それは光亜と乃亜の二人っきりでか?」


 叶衣莉が光亜を茶化すように言う。


「みんなで、ですよ。それで、いっぱい……」


 光亜が言いながら涙を流した。


「光亜、駄目だよ」


「分かってます。ごめんなさい」


 光亜はそう言って立ち上がり病室を出て行く。


「うちもついてく」


 叶衣莉もそう言って病室を出て行った。


「乃亜ちゃん何か食べたい物とかあるぅ?」


「うーん、ちょっと今のが気になってすぐには思いつかない」


「それもそうですよね。じゃあ未来空と何か買ってきます。乃亜さんを喜ばせた方が勝ちで」


「いいねぇ、難しそうだけどぉ。叶衣莉ちゃんなら簡単そうなんだけどねぇ」


「乃亜さんはなんでも嬉しそうにしますからね。まぁそこは僕が判定しますよ。後叶衣莉さんを馬鹿にしすぎですよ」


 そんなことを話しながら未来空と蒼が部屋を出て行く。


「みんないい子だなぁ」


 あんないい子の知り合いが出来たなんて昔を考えたらほんとにありえない。


「私何かしたのかな?」


 さすがにお金を積んだとかではないだろうけど、それぐらいありえないことだ。


「てか入って来ないの?」


「まぁ乃亜だし気づいてるよね」


 私の病室にアイマスクをした女の子が入って来た。


「ちょっと込み入った話したいからみんないなくなるの待ってたんだ」


 おそらくこの子が彩楓、だと思う。外したら嫌だから名前は呼ばないけど。


「込み入った話とは?」


「まずごめん」


 彩楓がいきなり頭を下げてきた。


「何に対して?」


「そっか。えっと、乃亜の入院してる原因作ったの私の母親なんだ」


「そうなんだ」


 そう言われても記憶がないから実感が湧かない。


「私の母親の逆恨みのせいで乃亜は……」


 そこで彩楓の口が閉じる。


「光亜には口止めされてるけど、乃亜はどこまで記憶が無いの?」


「バレてたんか。えっと日付的に言ったら一週間分ぐらい?」


 それは私が寝てた分も含むから、体感では三日ぐらいだ。


「じゃあやっぱりあのゲーム内の記憶が。でもあいつの話だと記憶消去の処理はしてないって話だから、頭を傷つけたからか」


 彩楓が自分の世界に入ってしまった。


「ってそんなことより。記憶は戻るのか?」


「分かんないって。どうなんだろうね」


「じゃあ一つだけ聞きたい。光亜のことはどう思った?」


「天使!」


「乃亜は乃亜だな」


 彩楓が少し笑ってアイマスクを外す。


「目、かっこよ」


「やっぱり乃亜は変わんないな」


 彩楓は言いながら涙を浮かべる。


「ごめん。本当にごめん。私達家族のせいで、乃亜は光亜との記憶を失った。それにみんなとの記憶も……」


 彩楓が涙を流しながらも真っ直ぐこちらを見て言う。


「私達がいなければきっと乃亜は、え?」


 私は彩楓の座る方に足を下ろして彩楓を抱きしめる。


「確かに私にはみんなとの記憶は無いよ。でもだからって全部が終わった訳じゃないでしょ?」


 今だって記憶が無いのを知ってても、みんな私のところに来てくれた。


「記憶が無いならこれから作ればいいんだよ、みんなで」


 私と光亜、叶衣莉に未来空、蒼そして彩楓で。


「乃亜……」


「かわい。それに多分だけど、私が記憶を失ったのって自分のせいな気がするし」


 なんとなくだけど、私のポンコツのせいで記憶を失った気がする。あくまで可能性だよ、可能性。


「ほんと乃亜は優しいな」


「そうだよ、慈愛に満ち溢れてるからもっと甘えていいよ。みんなも」


「……みんな?」


「うん」


 彩楓が恐る恐るといった感じで後ろを向く。


 そこには膨れる光亜と叶衣莉、嬉しそうな未来空と蒼が居た。


「彩楓さんずるいです。私は我慢したのに」


「彩楓が他の女に取られた。やー」


「お邪魔だったかなぁ?」


「いいんじゃないですか、いつもの光景ですし」


「いや、これはその。離せ」


 彩楓が逃げ出そうとしたから、私の慈愛溢れる抱擁で逃がさない。


「ほっぺたまで綺麗な目の色と同じにしなくていいのに」


「うるさい。離せー」


 この後「病院ではお静かに」と注意されてやっと落ち着いた彩楓と私達は未来空と蒼が買ってきたお菓子やらを食べた。


 ちなみにここは一人部屋だから話すぐらいなら別になんとも言われない。


 みんなから私の無い記憶を埋める為に様々な話を聞いた。


 記憶自体は戻らなかったけど、こんな楽しい時間がいつまでも続けばいいと思った。

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