第17話 猫矢 光亜

「え?」


 いきなり場所が変わった。


 それがコロシアムに転移させられたと気づくのに二秒程かかった。


 その二秒の間に彩楓さいかさんは二人殺して三人目を殺しかかっていた。


猫矢ねこやさんで終わり」


 三人目を殺した彩楓さんが私に斬りかかる。


「猫矢さんもか」


 私はスキルを使うことでその場を凌いだ。


「猫矢さんもカウンター狙い? でもそんな隙作らないよ」


 彩楓さんは手を休めようとしない。私に反撃のチャンスを与えないように、斬り続ける。


 私のスキルは『忍耐』どんな攻撃も耐えることが出来る。


 ただその代わりにスキル発動中は自分から攻撃が出来ない。


「いつまでそうしてる気?」


「その時が来るまでです」


 そんなのハッタリだ。私には出来ることがない。


 たとえ彩楓さんに隙が出来たとしても、私じゃ蒼さんみたいに上手くカウンターが出来るかも分からない。


 私はここに立った瞬間から死ぬのが決まっている。


(ならいっそ)


 私はスキルを解いた。


 そして彩楓さんの刀に斬られるのを待っていたら。


『どうせ死ぬなら身体借りるぞ』


「いいよ。今まで私を守ってくれてありがとう」


「約束だからな。それにまだ終わらせない」


「な」


「驚いたか? あんまり俺を舐めないことだ」


 彩楓の刀をナイフで弾くと、彩楓がとても驚いた顔をする。


 それも当然の反応だろう。今までは守ることしか出来なかった奴が、いきなり反撃に出たのだから。


「お前は誰だ?」


「ご挨拶だな。俺は猫矢 光亜だよ」


 そう、俺は正真正銘猫矢光亜だ。


 ただ少し違うとすれば、俺はオリジナルの光亜が作った第二の人格ということ。


「それがさっき言ってた乃亜に似た力か」


 乃亜。オリジナルにいきなり口付けをして、オリジナルを虜にした女。


 俺はあいつが好きじゃない。


 オリジナルの嫌いなを何回も何回も言い続けた。


 最初はその度に俺が出そうになっていた。


 でもだんだんオリジナルに心境の変化が訪れて、今では乃亜に可愛いと言われるのが心地よくなっている。


 俺達を作るきっかけになったを今では待っている。


 俺達の存在理由が奪われた感じがするから、そのきっかけを作った乃亜のことが好きになれない。


 オリジナルは親に恵まれなかった。


 何かすれば怒鳴られ、何もしなくても怒鳴られ。


 そんな日々を続ければ普通は心がすり減って落ちていく。


 でもオリジナルは耐えた。どんな悪態や暴言を受けても耐え続けた。


 でもある日耐えられなくなった。


 父親が車で人を轢き殺したことがあるという噂が出回りだした頃だ。


 すぐに警察が来て、父親は捕まった。


 それまでは良かった。オリジナルは母親が早くに病気で亡くなっているので親戚に引き取られた。それが問題だ。


 親戚に引き取られたオリジナルは最初こそ普通に暮らしていた。


 でも所詮は親戚だ。クズの親戚はクズのようで、妻子がいるにも関わらずオリジナルは……。


 その時だ、その時に光亜は「君が可愛いのが悪いんだよ」と言われ、自分を殺した。


 その際に生まれたのが俺。俺はオリジナルの負った傷の分の仕返しをした。


 その音に気づいたクズの妻が起きてきて俺を引き剥がした。おそらく、俺がクズに迫ったと思われた。


 そして言った「自分が可愛いとでも思ってるの? あんたは可愛くなんかないんだよ。ただ若いだけで勘違いすんな」と。


 人格が俺でもオリジナルに声は届いている。


 そのせいでオリジナルはより引きこもった。


 幸いと言っていいのかは分からないけど、追い出されることはなかった。


 でもクズの妻からは冷たい視線を向けられるようになり、それまでは話しかけてきていた娘も近寄らなくなっていた。


 ただクズだけは俺に優しかった。


 理由は分かっている。だからこそ今度はオリジナルの身体を守る為に無視し続けた。


 それでも顔を合わせることはある。その度に「可愛いよ」と言われ続けた。


 俺にはオリジナルの気持ちが少しなら分かった。だからオリジナルはを信じられなくなっているのは分かっていた。


 そしてそんなある日、事件が起こった。


 この家の娘がいじめにあっているらしい。


 理由は家に人殺しの娘が居るということで。


 俺はそのことで糾弾された「お前が来てから全部狂った」や「お前なんか引き取らなければ良かった」など、他にも色々と。


 俺からしたら別に興味がないから何か言う気もないけど、オリジナルは更に死んでいった。


 どんどん深いところに沈んでいく感覚があり、これ以上ここに居たらオリジナルはもう表に出て来れなくなりそうだった。


 だからその後のことは幸運としか言えない。


 俺は謎の集団に眠らされ、ここに連れてこられた。


 目覚めた時は驚いたが、この好機を逃す手はないと思い、オリジナルに話しかけた。


「聞こえるか?」


『……』


「聞こえてるていで話すな。ここにはお前を責める奴や罵倒を浴びせる奴はいない」


『……』


「最後のチャンスだ。俺はお前の身体を使い続けるのは嫌なんだよ。お前の身体はお前のものだ、作られた俺のものじゃない」


『……いいよ』


(まだ居るな)


「それはどういう意味でだ?」


『私の身体はあなたにあげる。私はもう消えて無くなるから』


 どうやら人格の変更は対等な位置に居ないと出来ないらしい。


 オリジナルがここまで沈み込んでいると変わることが出来ない。


「駄目だ。お前のことは俺が守る。だから俺を信じてくれ」


『……分かった』


 そして俺達は入れ替わった。


 一回戦では乃亜と会うまで運良く誰とも会わなかったから俺の出番はなかったが、乃亜がいきなり後ろから撃ってきたからその時だけ俺が出た。


 でもまさか乃亜の「可愛い」に反応して固まってしまった。


 もしかしたらこいつがオリジナルの心を直してくれるんじゃないかと思ってしまったから。


 だから俺はオリジナルと無理やり変わって乃亜の相手をさせた。


 案の定乃亜はオリジナルの心を直してくれた。あっさり。


 別にそれはいいことだからいいんだ。ただ何かモヤモヤするだけで。


 でも乃亜の名前を聞いたオリジナルが少し動揺しているのは気になった。


 俺はオリジナルの記憶までは分からないから、俺が生まれる前に何かあったのかもしれない。


 広間で話した後に部屋に戻ったオリジナルは俺にこう言った「私、乃亜さんに謝りたい」と。理由は聞かなかった、でも決意は本気のようだったので、俺は。


「負けられないんだよな」


 彩楓の振る刀を避けたり、ナイフで受け流したりを続けるが、守るばかりで攻めることが出来ない。


「私だって負けられないんだよ。だから使いたくなかったけど、本気出すよ」


 彩楓がそう言うと刀に炎が纏われた。


「それがお前のスキルか」


「そう。内容は教えないけど」


(やばいな)


 刀に炎が付いたから何がやばいって、熱い。


 それに少しでもかすったら服が燃えて鎮火が間に合わなかったら火だるまになって死ぬ。


「でもそんな強いだけのスキルな訳ないよな」


「そりゃね」


 火を使うからといって、熱さに強い訳ではなさそうだ。


 彩楓のスキルは炎を操る系のもので、耐性はないようだ。


 それに。


「刀、柔らかくなってんよ」


「予想外に耐えるから」


 早期決着をしようとしたようで、炎の温度を高くしていたからか、刀が柔らかくなってきた。


「なら」


 彩楓が炎を伸ばしてその伸ばした炎で斬ってきた。


「それはずるいでしょ」


 俺はそれを避けて彩楓の懐に走り込む。


「来させる訳ないでしょ」


 彩楓が刀から右手だけ離して左手で、俺に炎の刃で斬りかかる。


「オリジナルごめん」


 俺はそれを身を低くして避ける。


「熱」


 少し背中を掠ったが、そのまま突き進む。


「やるじゃん」


 刀は振り切られて戻ってはこない。


「死ねやぁ」


「でも残念。死ぬのはそっち」


「は?」


 俺はその場に膝から崩れ落ちる。


「私別に刀しか使わないなんて言ってないよ」


 そう言われて初めて気づいた。彩楓の右手に銃が握られていたことに。


「私の勝ち」


(俺の負けか)


「俺は負けたよ。だから」


「な」


「次は私の番です」


 私の撃った弾が彩楓さんの左目を掠めた。


「人格一つに一つの命って? どっちがずるだよ」


「ずるじゃないですよ。どっちも私ですから」


 私は彩楓さんに銃を向ける。


 彩楓さんも溶けた刀を捨てて私に銃を向けた。


「これで終わりにします」


「猫矢さん。いや光亜みあ。ちゃんと殺してあげる」


 そして同時に銃を放つ。

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