第11話 真面目な話かと思ったら

「そういえばお腹減らないね」


 彩楓さいかをいじるのに飽きた私は、ふとそんなことを言う。


 今は夜の九時前だ。学校でお昼ご飯を食べて、今まで何も食べてないので、そろそろお腹が空いてもいいはずだ。


「そういえば。てかそもそも食事なんて出てくんのか?」


「いざとなったら彩楓を食べれば」


叶衣莉かいりは黙れ。ここってこの広間の他にあんの二十五個の扉だけなんだよな」


 私達の居る広間の周りに私達の部屋がある。そしてその数がちょうど二十五個。


「私達ってどうやってここに入れられたんだ?」


「それはやっぱりあの転移でしょ」


「あの転移って何なんだ?」


「私に聞かれても困るよ。さっきの話のどのように、になるけど、それも転移ならわざわざ気絶させる必要もないよね」


 転移をするに際して何か見られたくないことがあったのかもしれないが、私達は転移を普通に見ている。


「あんな非日常的なことを考えてもしょうがないっちゃあしょうがないんだけどな」


「でも多分大事な気がするんだよね。それが分かれば全部に納得がいくような感じが」


「もしかしたらでいいなら、一つ思いつくことがあるんですけど」


 光亜みあが振り向いて私に言う。


「なになに?」


「ずっと思ってはいたんですけど、ありえないことなのでおかしい子って思わないでください 」


「私が光亜に対してそんなこと思う訳ないじゃん」


 私はそう言って光亜を強く抱きしめる。


「ありがとうございます。じゃあ仮説を。ここってバーチャルリアリティなんじゃないですか?」


「バーチャルリアリティ。VRね」


 私でもさすがにそれなら分かる。確か現実に画面の中のものを出すのがエクステンデッド・リアリティ。AR。


 そして、自分達が画面の中に入り込むのがバーチャルリアリティ。VR。


 にわか知識だが、多分そんな感じだ。


「VR。それなら確かに説明つくよね」


「例えば?」


「まずお腹が空かないのは、これが自分の身体じゃないから。もしかしたら、実際の身体には点滴か何かで生命維持をされてるか、放置されてるかだと思うけど」


 おそらくこのゲームはそんなに長い時間をかけることは想定されてないなら、放置の可能性もある。


「そんで転移だけど、これは簡単だよね。ここがバーチャルの世界なら転移ぐらい出来て当たり前だし」


「なるほどね。確かに説明はつく。でもこんなにリアルなバーチャルの世界なんて聞いたことないぞ」


「それは彩楓さいかの中の話でしょ。多分そういう常識は通じないんだよ」


 自分の知っていることが世界の全てじゃない。だから変な先入観で「ありえない」と考えるのを放棄するのは駄目だ。


「じゃあ私達はよく分からない世界でよく分からないゲームをさせられてると?」


「そうだね」


「何で私達がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ」


「それは簡単だよ。罪を裁く為」


 私達はみんな言ってみれば罪人だ。


 私が殺した相手はセクハラや不倫と下手をしたら警察沙汰だが、軽い罪で済んでしまう。


 でもこのゲーム内で殺されたら、社会的死と言うぐらいだから世界に発表される。


 そうなったら普通に暮らすのも大変になってしまう。


「そういえば少し前にもあったな」


「何が?」


「あぁ、うちも見たよ。何かSNSに大量の罪がばら撒かれたってやつ。知らない?」


「私、スマホはアラームしか使ってない」


 持っておけばいつか役に立つと思ってスマホを買ったが、ごく稀に調べ物をする以外はアラームでしか使っていない。


「友達は、いないのか。親とかに連絡もしないのか?」


「私の親、どっちも私が生まれてすぐに事故で死んだみたい。だから私を育てたのは機械が苦手なじっちゃんとばっちゃんだから」


 その祖父も数年前に亡くなり、今の保護者は祖母になっている。


 私は祖母に迷惑をかけたくないから、高校に入ってすぐに一人暮らしとバイトを始めた。と言っても祖母が「一人は寂しい」と言うので週一で晩御飯は一緒に食べている。


「なんかごめん」


「何が?」


「知らないとはいえ、無遠慮にプライベートなこと聞いた」


「そんな気にすること?」


 私からしたら両親なんて記憶の片隅にもないから、今更言われたところで何とも思えない。


乃亜のあが気にしてないなら彩楓が気にしたら駄目だよ」


「そうそう。珍しく叶衣莉がまともなこと言ってるんだから聞かないと」


「珍しくないだろ。うちはいつでもまともなことしか言ってないし」


「お姉ちゃんとか彩楓を食べればとかがまともなの?」


「さいかぁ。乃亜がいじめるー」


「そうだよな。気にするのはやめだ。それより叶衣莉。お姉ちゃんのこと呼び捨てなのか?」


「お姉ちゃぁん」


 叶衣莉が幼児退行して彩楓に抱きつき、彩楓は叶衣莉の頭を優しく撫でる。


「乃亜さんはご両親のことを何も覚えてないんですか?」


 光亜が顔だけこちらに向けて私に聞いてくる。


「うん。物心つく前に死んじゃったからね。じっちゃんに車で轢かれたってのは聞いたけど、他は何も」


「そう、なんですか」


 光亜はそれだけ聞くと少し悲しそうにして前を向いた。


(そんなに辛いこと?)


 自分の話だからよく分からないけど、周りからしたら辛い話なのかもしれない。


「まぁいいや。それより」


 私は一切話に入ってこようとしない、隣の二人に視線を向ける。


「んで、なにしてんの?」


「なにがぁ?」


「ごめん訂正。あおちゃんに何させてんの?」


「あたしのちょーきょー?」


 今、未来空みらくと蒼ちゃんは未来空の肩に蒼ちゃんが手を乗せて、膝立ちの状態で見つめ合っている。


 正確には未来空の指示を受けた蒼ちゃんが未来空に耳打ちしたり、噛み付いたりしている。


「蒼ちゃん。次はぁ、耳たぶ噛んでぇ。もちろん歯を立ててねぇ」


「だから僕、犬歯が尖ってるから危ないですよ」


「さっきも言ったけどぉ、それがいいのぉ」


 嫌というよりは、傷つけるのが怖いといった感じの蒼ちゃんが、恐る恐る未来空の耳たぶを噛んだ。


「んっ。もっと強くぅ」


「っ!」


 未来空が逃がさないといった感じに、蒼ちゃんを強く抱きしめた。


「鎖骨とか首噛んでるの横目で見てたけど、エロくない?」


「私も少しだけ見えちゃいましたけど、なんか恥ずかしくなりました」


「お姉ちゃん。うち達もやろ」


「やらねぇよ」


「それにしても、未来空すっごい楽しそうだね」


 噛んでいる蒼ちゃんは必死に頑張っているが、未来空はとても紅潮して、嬉しそうだ。


「も、もういいですか?」


「やば、糸引いてる。エロ」


「お姉ちゃん、うち見えないから見えるとこに移動して」


「見たいなら一人で行け」


「うち、もうお姉ちゃんにしか座れないの。だから、駄目?」


「うっ」


 叶衣莉のあざとさマックスの瞳にやられたのか、彩楓の頬が赤く染まる。


「叶衣莉って、手に猫付けてるけど、動かさないよね」


「まぁ、ただの飾りだからな。これしてれば口動いてなくても不審がらないだろ?」


「ちゃんと構えればね」


 叶衣莉の手の猫はずっとだらんと下を向いている。


 それで意味があるのかは謎である。


「蒼ちゃん。次は服の中に入ってぇ」


「おい、それはやらせないぞ」


「なんでぇ?」


「なんか、絵面がやばい。そういうのは自分の部屋でやりなさい」


「見られた方が気持ちイイのにぃ」


 何と言われてもここではやらせない。何か、居たたまれなくなるから。


「じゃあ蒼ちゃん、部屋行こっかぁ」


「未来空のですか?」


「そぉ。乃亜ちゃんがぁ、邪魔って言うからぁ」


「言ってないわ。今は何でか出て来ないけど、オスが来て発情すんのが嫌なの」


 ここにはただでさえ可愛い子が多いのに、そんなやばい行為をしているのをオスが見たら何をされるか分からない。


「別にぃ、殺せばいいじゃぁん」


「それでもそいつの記憶には残るでしょ。それが嫌なの」


「まぁ、乃亜ちゃんがぁ、そんなに言うならぁ、部屋でやるからいいけどぉ。」


「お願い」


「僕も、さすがに乃亜さん達以外の人の前だと恥ずかしくて嫌です」


 蒼ちゃんが未来空の目を真っ直ぐ見ながら伝える。


「そういうのはぁ、早く言ってよぉ。相手が乗り気じゃないならぁ、つまんないよぉ」


 未来空はそう言って立ち上がる。


「じゃあ、あたし達はぁ、部屋に戻るねぇ」


「うん。またね」


 私がそう言うと、未来空と未来空に抱き抱えられてる蒼ちゃんは一つの扉に消えた。


「じゃあ私も戻ろうかな。叶衣莉はどうする?」


「お姉ちゃんの居るところがうちの居るところだから」


「ついて来んのかよ。別にいいけど」


「お二人共、羽目を外しすぎないようにね。ちゃんと避妊はするんだよ、彩楓はまだ高校生なんだから」


「分かってる。お姉ちゃんの貞操はうちが守るから」


「一番何かしそうな奴が何を言うか」


 彩楓は疲れたのか、キレのあるツッコミをしてくれなくなった。


「じゃあな」


「うん、じゃあね」


 彩楓と叶衣莉は手を繋ぎながら一つの部屋に消えた。


「光亜は私の部屋来る?」


「いえ、私は自分の部屋に帰ります。おやすみなさい」


 光亜は立ち上がって私の方を見てそう言う。


「うん、おやすみ」


 私がそう言うと、光亜は歩き出して一つの扉に消えた。


「嫌われた訳じゃないよね」


 もしそうなら、結構ショックだ。


「もういい。不貞寝してやる」


 私は一人、不貞腐れながら自分の部屋に戻った。

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