第9話 始まらない話し合い
「自己紹介終わったけどぉ、まだ何かするのぉ?」
叶衣莉はそれを退けようとしないでちらちらと未来空のことを見ている。あえてどこをかは言わないでおく。
「まだ一人居るじゃん」
私は立ち上がってソファとソファの間に挟まっている子の元に行く。
「そういえばうちより先に出てたのがいたな」
「一番?」
「そう。あの子が一番でうちが二番。三番が
「せっかくだからこっち来ない? あ、彩楓と叶衣莉が怖いって言うなら無理にとは言わないけど」
「なんで私。しかも
「おいおいおい。聞き捨てならんぞ。私は怖くないだろ、彩楓とは違って」
後ろで何か言ってるようだけど、私はそれを無視して目の前の女の子に手を伸ばす。
「ぼ、僕はいいです」
「僕っ子、だと」
「叶衣莉うるさい」
「乃亜ってなんか急に冷たくなるよね」
「牛見さんだけじゃない?」
「彩楓は愛の力があるから気づいてないんだよ」
また後ろで言い合いを始めたので、私は無視して目の前のマスク少女を声をかける。
「理由とかある? もし誰かが嫌とかならいいんだけど、そうじゃないならお花したいんだけど。もちろん私が嫌なら言ってね」
「嫌とかではなく、僕が居てもいい事ないですよ?」
「それを決めるのは私達じゃない?」
自分が居るから相手を不快にさせるというのはおそらくよくある悩みの一つだと思う。
そして私の言ったように言われても、それで相手が嫌な気持ちになったら(だから言ったじゃん)と思ってより心を閉ざしてしまう。
それが分かっていても私はこの子と話したい。
理由なんて単純だ。可愛いから。
「じゃあせめてお名前を聞いても?」
「僕は犬井……しです」
「ごめん、聞き取れなかった」
なんとなくだが、言いづらいような感じがしているが、私は引かない。
「蒼士です。
「漢字は?」
「え、えと。こうです」
蒼士はスマホを取り出して名前の漢字を見せてくれた。
「蒼いに士か。じゃあ
「え?」
「ん?」
「僕の名前、変だとか言わないんですか?」
「何故に?」
正直名前なんて親が勝手に決めただけのものだから、私達には関係ない。
だから人の名前をどうこう言う気はない。
それに蒼士なんて、こんな可愛い子にそんな名前がついてるなんてギャップが凄くてなんか逆にいい。
「僕の名前男の子っぽいじゃないですか」
「別に気にすることないと思うけど。名前なんて所詮は人を区別する為のものなんだから」
「僕はそんな風に思えないんですよ」
「だからぁ、乃亜ちゃんはぁ、それを気にしてぇ、あだ名で呼ぼうとしてんのぉ。それ分かってるぅ?」
未来空が私の肩に顔を乗せながら言う。
「ご、ごめんなさい」
「別にいいけど。ってか未来空って近くで見ると可愛い顔してるね。少し離れると美人に見えたのに。あ、黙ってればね」
「乃亜ちゃんのそーゆーとこ結構好きぃ」
「それでどうする? 普通に名前で呼ぶか、あだ名で呼ぶか」
「あ、あだ名でお願いします。どっちで呼ぶかは乃亜さんが決めてくれると嬉しいです」
「じゃあ
「蒼ちゃん、か」
ここでやっと蒼ちゃんが笑ってくれた。
「みんなも蒼ちゃんと呼ぶように」
「犬井さんでいいでしょ」
「うわぁ、彩楓のそういうとこは駄目だと思うんだよね。そもそもなんでみんなのこと名字プラスさん付けなの? 名前で呼ぼうよ。せっかくタメ口なんだから」
せっかく蒼ちゃんが喜んでくれてるのに、そんな水を差すようなことを言わなくてもいいと思う。
「別にいいでしょ。私は私なの」
「ほうほう。乃亜のことだけ名前で呼びたいと」
「違うわ。あれは乃亜がしつこいから」
「じゃあ私のことも名字で呼ぶ?」
「そ、れは」
彩楓が言葉に詰まる。
「よかったよ。もし彩楓に名字で呼ばれたら部屋に引きこもって延々と泣き続けてた。彩楓の膝の上で」
「なんで私を部屋に連れ込んでんの!」
「え、責任は取ってもらうよ?」
「
「彩楓が悪いのに光亜に責任取らすの?」
「私が悪いの?」
光亜と叶衣莉が同時に頷く。未来空はなんか私の頭を撫でている。
別に凹んでないからね。想像したら悲しくはなったけど、まだそこまでじゃないよ、うん。
「ふふ」
「ほら、彩楓のせいで蒼ちゃんに笑われたじゃん。でも笑顔が可愛い」
「確かに。うちより小さいのが尚可愛い」
「甘いぞ叶衣莉。蒼ちゃんはきっと着痩せするタイプだ。それに多分叶衣莉より背は高い」
「そんな訳あるか」
叶衣莉が立ち上がってこちらに寄ってくる。
「蒼。立って」
「え、はい」
そして二人で背中を合わせる。
「乃亜、どっちのが背が高い」
「そんな悲しそうに聞かなくても。自分で分かっちゃったんでしょ」
「まだだ、蒼、歳は?」
「じゅ、十四歳です」
それを聞いた叶衣莉が膝から崩れ落ちた。
「まさか中学生に負けただと。それに近くで見たら分かる。これは着痩せするタイプだ」
蒼ちゃんは結構大きめの服を着ているので身体のラインは出てない。
でも私には分かる。おそらく蒼ちゃんはこの中で未来空に次ぐたわわの持ち主だと。
「気を確かに持て叶衣莉。こういう時は同士を見て落ち着くんだ」
「さいかぁー」
「おいこら、どういう意味で私に寄ってきた」
「落ち着くよ、この何も無い感じ」
叶衣莉が彩楓の膝に座って彩楓にもたれながら言う。
「喧嘩売ってんな。買ってやるから離れろ」
「やぁだ。うちは心に大きな傷を負ったから同士と一緒に傷を癒す」
「私は負ってないし」
「強がるな」
叶衣莉が彩楓の胸に手を当ててなんだか嬉しそうな顔をする。
「こいつ絶対殺す」
「そうそう。みんなの自己紹介終わったからちょっと真面目な話しよ。ほら彩楓、百合百合してないで真面目な話するよ」
「乃亜、後で覚えてろよ」
私は「はいはい」と返して蒼ちゃんを未来空の隣に座らせてその隣に私が座った。
「光亜カモン」
「え、座る場所ないですよ?」
このソファは三人用のようで、ソファには座る場所がない。
なので。
「だからカモン」
「まさか膝に乗れと?」
「そそ。私は光亜を一番近くで感じてたいから」
私は「はよ」と自分の膝を叩く。
「恥ずかしいんですけど」
「そこに光亜より年上なのに年下の膝の上で楽しんでるのいるから大丈夫」
私は彩楓の膝の上で彩楓に抱きついている叶衣莉を指さす。
「乃亜さんがこっちに来るのは駄目なんですか?」
「そしたら未来空と蒼ちゃんが二人になっちゃうでしょ。そしたら未来空に蒼ちゃんが食べられちゃうかもしれないじゃん」
「食べる?」
「あたし別に女の子食べる趣味ないよぉ。でもせっかくだからぁ」
未来空はそう言って蒼ちゃんを膝の上に乗せた。
「え?」
「んー、イイ」
「おいこら。蒼ちゃんに変なこと吹き込むなよ」
「分かってるよぉ。こういう子には無自覚で責められたいからぁ」
「そういうことを言うなって言ってんの。まぁいいや。ほら後は光亜だけだよ」
私は再度自分の膝を叩く。
「うぅ。分かりました」
光亜はゆっくり私に近づいてきて「失礼します」と言って私の膝に座る。
「もっと体重というか全てを私に委ねて」
「でも私、重いですよ」
「んー。じゃあしょうがないから足の中でもいいよ」
光亜が一向に引こうとしないので、私は足を開いて、そこに光亜を収めて後ろから抱きしめる。
「これはこれでいいけど、いつか膝の上に乗ってもらうから」
「その日が来ないことを願います」
「光亜のいけず。後そこ、じゃれ合わないの」
私は彩楓と叶衣莉に注意する。
「じゃれ合ってないわ。牛見さんが私の胸に抱きついてくんだよ」
「落ち着くから。ただでさえ可愛い子の胸は落ち着くのに、傷ついた心に染み渡るんだよ彩楓の胸は」
「まぁ仲良さそうだからいいや。それよりも」
私は隣の未来空と蒼ちゃんの方を見る。
「あたしのことはぁ、未来空って呼び捨てにしてねぇ」
「え、でも」
「いいのぉ、蒼ちゃんみたいな子にはむしろ呼び捨てにされたいのぉ。駄目ぇ?」
「が、頑張ります。えと、未来空」
「んっ。イイよぉ、次は敬語をやめよっかぁ、その後はもっと蔑んだ目で見てきたりぃ、侮辱したりぃ」
「未来空。やめろと言ったはずだ」
私は未来空にジト目を向けながら言う。
「んっ、イイねその目ぇ。もっとちょうだぁい」
どうやら逆効果だったようだ。
「さげすんだとぶじょくってどうやるんですか?」
「それはねぇ」
「言わせないからね。蒼ちゃんも未来空の言葉を素直に聞いちゃ駄目だからね」
(疲れる)
「乃亜さん大変ですね」
「なんで私が仕切り役みたいになってんの」
「乃亜さんが話があるみたいに切り出したからでは?」
「マジレスしないでよぉ。ちょっと光亜を補給させて」
私は光亜を抱きしめて光亜を補給する。
「ちょっとだけですよ」
「うん」
脱線に次ぐ脱線のせいで一向に話し合いが始まらないけど、光亜の補給が終わったら絶対に始める。
そう決心して私はしばらく光亜を補給する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます