『俺が気づいたこの気持ち』編

第71話 デート

 7月27日。


 長閑のどかな陽射しが降り注ぐ中、木漏れ日という夏の風物詩が聞こえ始めた。

 家を出て、閑散な住宅街を過ぎると、道端に生い茂っている紫陽花がゆっくり風に靡いているのが見える。


「今日はデート、ですね」


 俺の隣を歩いている真白は確認するように呟く。


「デート、と面と向かって言われるとやはり恥ずかしいな」


 真白と付き合ってもう八ヶ月。キス以上のことだってしてきた。

 それでも、真白を前にすると、心がくすぐられるような不思議な感じがする。


 まるで彼女に恋したのはたった今のことのようで、その琥珀色の瞳、その栗色の髪ももどかしく感じてしまう。

 分かっている、そう感じてしまうのは、俺が真白のことをもっともっと好きになっているからだと。


 一秒ごとに、真白への感情が更新されていく。

 時計のように真白は俺の心に確かに愛しさを刻んでいく。


 今日の真白は白い帽子に白いワンピースと言った格好だった。

 それは俺にはすごく綺麗に見えた。


 彼女はほんとに不思議な女の子。

 どれだけ近づいても抱きしめても足りないと思わせてくれる。


 、初めて桜小路先輩と水無瀬と出会った日に感じたなにかの正体は、俺には分かった。

 ずっと真白に黙っていた胸にひっかかるなにかは真白との時間を重ねていくうちに分かったのだ。


「何考えてたの?」


 不意打ちに顔を近づかれて、心臓の鼓動が早くなった。


「ううん、なんでもない」


 ただ、それを真白に教えるのはまだ今じゃない。


「変な凪くん」

「その言い方は反則だよ」

「どこがですか?」


 真白は悪魔のようなにんまりとした笑顔を浮かべながら、また顔を近づけてきた。

 一歩歩けば、唇どうしが触れてしまいそうな距離。


 こんなの、ドキドキしないほうがおかしい。


「ゴホン」


 夏休みなので、もちろん通行人は俺たちだけではない。

 周りの人の視線を感じて急いで咳払いしてみた。


「それで誤魔化されると思いましたか?」

「真白は恥ずかしくないの!?」

「……恥ずかしいので、家に帰ったら埋め合わせしてもらいますね♡」


 思わず額を手で覆ってしまった。


 俺の彼女ってなんでこんなに可愛いのだろう……。




 バスに乗って30分ほど移動したところが今日の目的地である総合ショッピングモール『moreズ』だ。

 映画館とフードコートを内蔵した五階立ての建物で、デートにうってつけの場所だ。


 真白の手を引いて、エレベーターで五階に上がり、そこで映画のチケットを購入したあと、俺は真白の買い物に付き合った。


「凪くん、似合いますか?」


 そう言って真白が手に取り俺に見せてきたのは子供服だった。


「似合うも何も、真白はもう子供じゃないだろう?」


 俺はこれがいつもの真白の冗談だと切り捨てた。


「ううん、私じゃなくて、の子供に似合うかって話ですよ」

「気が早すぎるだろう!!」


 急いで周りを見渡す。

 この会話を聞いてる人がいないかヒヤヒヤした。


「凪くんはまさか、まだ私から逃げられると思っているのですか♡」


 悪魔のようなにんまりとした笑顔を浮かべて、真白は俺を見つめてきた。

 その少しうるっとしたつぶらな瞳はとても綺麗で、そしてとてもも見えた。


「思ってないよ……」

「あら、消極的なのですね」

「逆に真白も俺から逃げられると思ってるの?」

「……っ!」

「急に黙るなよ……恥ずかしいから」

「凪くんからこんなことを言われると思ってなくて、少し……驚いちゃった」


 俺から目を逸らした真白は、次第に俯いた。

 その顔は牡丹色に染まっていて、照れているのは見て取れた。


「たまには、ほら、反撃しないとね……いつも真白にやられっぱなしだから」


 そんな真白を見て、俺もなんだか恥ずかしくなってきたので、とりあえず言い訳で誤魔化した。


 それからしばらく無言のまま、真白は自分の服を見に行った。


「凪くんは、水色とピンク、どっちが好きですか?」


 そして、水色とピンクの服を手に取り、俺の好みを聞いてくる。


「ピンクも可愛らしくて好きだけど、真白はやはり水色のほうが似合うかな……って、自分で聞いといて急に恥ずかしがるなよ!!」


 真白は俺の言葉を聞いて黙り込んでしまった。

 またしても頬を牡丹色に染めてる当たり、照れたのだろう。


「その、水色のが真白の雰囲気に合ってるというか、真白って言ったら水色かなって思っただけだから……」

「ふふっ、変なの♡」


 真白が照れると、なぜかこっちまでもが恥ずかしくなるから、また言い訳を並べたら、真白に笑われてしまった。


「凪くんがどうしてもって言うなら、着てあげなくもないよ?」

「ど、どうしても、だ」


 俺の返事を聞いて、真白は悪魔のようなにんまりとした笑顔を浮かべた。

 ほんと、さっきといい、今といい、俺はずっと真白の手のひらで転がされている。


 真白はほんとに不思議な女の子だ。

 最初からグイグイ来た割には、時折怯えている姿を見せるし、からかわれてると思ったら案外本気だったりする。


 俺の彼女は普通の女の子になったけど、俺にとってはどうしようもないくらい特別な存在なんだ。

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