第70話 笑顔の意味
あれから三日後のとある日。補講日なので、俺はいつも通り登校していた。
その休み時間に、俺はジュースを買いに、一年生の教室がある一階のロビーに来ていた。
「わたしは白桃のやつでお願いしますね!」
「了解……ってなんでナチュラルに俺に奢らせようとしてるんだよ!?」
コインを自動販売機の中に入れたタイミングで、聞き覚えのある声に指図され、自然と指が白桃ジュースのボタンに触れてしまいそうになるが、我に返ってなんとか堪えた。
「ここは一年生のテリトリーだよ?」
「テリトリーって……」
急いでボタンを押して、自動販売機からジュースを取り出した後に振り返ると、内巻きの明るいオレンジ色の髪が目に映った。
そう、水無瀬雪葉である。
微妙に会話が噛み合っていないのは、たぶん気のせいなのだろう。
間違っても、我が領地に足を踏み入れる者はジュースを奢れなんて謎理論を提唱しているわけではないと信じたい。
「先輩、ありがとうね……」
「急にどうした? お前らしくないぞ?」
「もう、わたしだってしおらしい時くらいはあるんだからなぁ!」
別にしおらしくないとは言ってないが(思ってはいるけど)、水無瀬から猛烈に抗議を受けてしまった。
触れてこそいないが、言葉の圧がひしひしと伝わってくる。
「葉月ちゃん、無事奨学金貰えることになったの。だから、先輩にありがとうって言おうと思って」
「それはよかったね」
「何今知りましたよ感出してるんだよぉ! 先輩たちのおかげじゃん?」
「何を言ってるんだ?」
「えっ……?」
俺の言葉の意味を飲み込めない様子で、水無瀬は首を傾げた。
「お前のおかげだよ、水無瀬」
「どういうこと?」
ほんとに分からないというふうに、水無瀬が俺の言葉を待った。
それを見て、俺は確信した。やはり、俺が彼女から感じたものは本物だったと。
「乙羽が奨学金を貰えることになった最大の功労者が二人いるってことだよ」
「えっと、先輩と栗花落先輩、それに楽々浦先輩じゃないの? あれ? それだと三人になっちゃう……」
なぜそこにかけるくんの名前が上がっていないのだろうか。
彼だって部長連中と直談判したのだから、せめて存在だけでも覚えておいてあげて欲しいな。
「答え合わせと行こうか?」
「よろしく頼む!」
どこまでも元気な感じの水無瀬を見ると、ほっこりしてしまう。
先輩だから、敬語を使って欲しいなんて気持ちは俺にはない。
そもそも、俺自身はそこには無頓着で、真白との最初の会話を除いて、俺はずっとタメ口で話しているし、さん付けもしていない。
そこにこだわりがあるわけでもないが、堅苦しいのはわりと嫌いだったからだ。
だから、水無瀬の距離感を俺はむしろ好ましく思っていて、彼女の無邪気な姿を微笑ましく思っている。
「まず、一人目は―――」
「ファイナルアンサーぁ!?」
「まだ何も言ってないだろうが!!」
「ふふっ、先輩は一本を取られたな」
「自分で言うな、自分で」
ったく、たまに無邪気過ぎて会話がそもそも進まない時もあるけど、ご愛嬌だと思って目を瞑ろう。
「一人目はもちろん乙羽自身だ」
「え?」
「当然のことだろう? 乙羽が勉強を頑張っていなかったら、俺たちが動くこともできなかったのだから」
「確かに……」
俺の説明に納得したのか、水無瀬は小さく呟いた。
「じゃ、二人目は?」
「お前だ」
「うん?」
「水無瀬、お前だ」
「ぶふー、先輩ったらかっこよく言い直しちゃって」
「からかいすぎだ!!」
ったく、たまに無邪気すぎて……あれ、さっきも同じことを考えたような……。
「それは褒めすぎだよ、わたしなんてなんもしてないんだから。ほら、先輩と栗花落先輩みたいに勉強を教えてもいないし、楽々浦先輩みたいに各部の部長たちとも交渉していないじゃん……」
「でも、
「……」
「俺と真白が帰ったあとも、君は残って乙羽をひとりにさせないようにずっと彼女のそばにいてあげたじゃないか」
「……」
「乙羽が頑張れたのは、何より自分のことを思ってくれる友達、水無瀬がいたからだと思うんだ」
そう、校庭で路上演説をしている水無瀬に出会ったその時から、俺はずっと思っていたんだ。
おどけたわりにはちゃんと芯があって、気さくなわりには友達のために行動ができる。
その時の彼女の笑顔が、マリーゴールドのように見えた。
『ねぇ、なっくん』
『なんだ? なぎっち』
『もう、また人の名前で遊んで! あのね、なっくんってマリーゴールドの花言葉覚えてる?』
『確かに
『もう、ちゃんと覚えてよ! マリーゴールドの花言葉ってね、変わらぬ愛とか健康とかの意味もあるけど、わたしはやはりもうひとつの意味が好きなんだ……』
奇しくも、俺が感じ取ったものは渚紗の好きな花言葉と同じだった。
「だから、俺から言わせて―――ありがとう」
「もう、先輩、急にしおらしくされると調子狂うよぉ!」
そう言いながら、水無瀬は
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