第69話 期末テストの結果
徐々に暖かくなっていく七月の始まり。
校庭に咲く花は風に靡いていて、カラフルな楽譜を描いていた。
長かったテスト期間が終わって、あちらこちらから談笑の声が聞こえてくる。
昇降口で上履きに履き替えて、自分の教室がある二階には行かず、そのまま一年生の廊下を歩く。
期末テストの結果を張り出されていると思われる掲示板の方に、
割り入ることができず、遠巻きに視線を向ける。
「よくやった……」
思わずそう呟いた。
「先輩も独り言なんてするんだねぇ!」
声の方に振り向くと、そこには水無瀬の姿があった。
「俺をなんだと思っているんだよ」
「うん? めっちゃ考え事するけど、口には出さないタイプだと思っていたけど?」
「……」
「図星?」
「ノーコメントで」
水無瀬との付き合いはそこまで長くないので、彼女の認識には驚いてしまった。
言われるまでは気が付かなかったが、確かに俺は色々なことを考え込む癖があった。
俺の返事に気を良くしたのか、水無瀬は勝ち誇ったようにマリーゴールドのような笑顔を浮かべた。
「東雲くん、よくやった」
また俺を呼ぶ声がして振り返ると、楽々浦はかけるくんを引き連れて現れた。
その様子だと、乙羽の成績はもう確認したのだろう。
「真白は?」
「あとで来るって」
真白と一緒に登校してきたものの、用事があるから先に行っててと言われたから、てっきり楽々浦と合流するものだと思っていた。
楽々浦の返事からして、一応真白とは会ったらしい。
「楽々浦先輩、倉木先輩、おはようございます!」
水無瀬も楽々浦とかけるくんを見てぺこっと頭を下げた。
相変わらず俺以外の人に対しては礼儀正しいやつだ。
「水無瀬さんも頑張ったね」
「はい!」
楽々浦に労いの言葉をかけられて、水無瀬は嬉しそうに笑った。
「水無瀬、乙羽は?」
一通りの挨拶が終わるタイミングを見計らって、ずっと疑問に思っていることを水無瀬に尋ねてみる。
実は、さっきから乙羽の姿が見えていない。
「その……テストの結果を見たら走って行ったんだよね」
「走って行った?」
「うん、教室じゃないと思う……」
水無瀬の様子だと、彼女も事情を飲み込んでいないのだろう。
「じゃ、二人で探しに行ってくれない?」
俺と水無瀬が戸惑っているのを見て、楽々浦は肩を叩いてくれた。
「主役がいないと困るだろう」
屈託のない笑顔を浮かべて、楽々浦はそのまま去ろうとする。
「お前はどうするんだ?」
「これからはあたしたちの仕事だろう?」
見向きもせず、かけるくんを引っ張っていく楽々浦の背中はなんだか逞しく見えた。
「ちょっ! 俺は空気なのかよ!?」
「翔は黙ってついてこい!」
さっきから発言のチャンスを窺っていたかけるくんは、楽々浦に引っ張られて初めて危機感を覚えたのか、必死に自分の存在を主張するが、無情にも楽々浦に取り合って貰えなかった。
これから、楽々浦とかけるくんは乙羽の成績を材料に部長連中と談判して、奨学金を捻出しようとしている。
でも、不思議と心配はしていない。
彼女たちなら大丈夫。
なぜなら、俺も楽々浦とかけるくんに助けられてきたのだから。
「あっ、いたぁ!」
『コ』の字の校舎の、人目につかない非常ドアの前の階段に真白と乙羽は並んで座っていた。
それを見つけて、水無瀬は高く手を振っていた。
「凪くん、水無瀬さん」
近づいてくる俺と水無瀬に気づいて、真白は頭を上げてひまわりのような笑顔を浮かべた。
「大丈夫?」
乙羽の顔にはなぜか泣いた跡が付いている。そんな乙羽を真白は優しく頭を撫でていた。
俺は土足で乙羽の心の中へと踏み込みたくはないから、そっと真白の横に腰をかけた。
理由は自分から聞かない。
でも、心配していることはちゃんと伝える。
自分でも不器用な生き方だと思うが、真白はこんな俺を好きになってくれたので、わりと嫌いではない。
「葉月ちゃん、大丈夫?」
偶然なのか、水無瀬も「どうしたの?」という言葉を口にしなかった。
「ありがとうございます、先輩、雪葉ちゃん。でも、悲しくて泣いてたわけじゃないの」
顔をゆっくり上げて、乙羽は言った。
「嬉しくて……嬉しくて、泣いちゃった」
そう言う乙羽は笑顔だった。
推測でしかないのだが、真白は乙羽から事情を聞いてこうして彼女のそばにいるのだろう。
一人泣いている女の子を、真白は一人にしない。
俺の彼女はそんな人だ。
「えへへ、なんだかわたしも泣きそうだよぉ」
いつの間にか、水無瀬の目元も少し潤んだ。
まだ奨学金が降りると決まったわけではないが、水無瀬はずっと乙羽のために頑張っていた。
一年生なのに、生徒会長選挙に立候補して、誰も来ないところで、一人で路上演説をする。
無茶とも無謀ともいうべきことを、友達のために頑張ってやろうとする水無瀬。
そんな彼女だから、俺はマリーゴールドを思い浮かべたのだろう。
「おめでとう、ほんとによくやった」
「ありがとうございます」
小さくお礼を言ってくれた乙羽は、また信じられないように目に涙を溜めていた。
一学期の期末テストにおいて―――乙羽は学年一位だった。
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