第72話 プレゼント
そろそろ映画の時間が近づいたので、俺と真白は飲み物とポップコーンを買って座席に座った。
「楽しみですね」
「うん、楽しみだ」
どこでもあるような会話を交わしながらも、真白はほんとに楽しそうに見えた。
俺と出会う前は映画とかあんまり見たことがないのかな、そういう疑問が脳裏を過ぎったが、深く考えないようにした。
それからしばらくして、予告編を挟んで映画が始まった。
映画を見る時の真白はどんな感じなんだろうと気になったので、俺はちょくちょく真白のほうを見ていた。
真白は無邪気そうに、笑ったり泣いたりしていた。
そんな真白を見て、内心ではほっとした。
俺と出会ってから、真白はほんとに普通の女の子になった。
それは俺のおかげとは断言出来る自信はないが、自分の彼女がこうして楽しそうにしているのを見て嬉しくないはずはない。
「面白かったぁー」
映画が終わったあと、真白らしくない口調で感想を言う真白は立ち上がって俺に手を差し伸べてくれた。
その手を掴んで俺と真白は映画館を後にした。
「お腹空いてない?」
「少し空きましたね」
「何が食べたい?」
「うーん、実は映画館に来る途中で見かけたしゃぶしゃぶ、気になります……」
「じゃ、行こうか」
真白の要望で、俺たちは映画館からそう遠くないしゃぶしゃぶの店に入った。
「ご注文は決まりましたか?」
「その……」
「豚肉の食べ放題、二人分お願いします」
「かしこまりました」
あまり外食しないのか、真白はメニューとにらめっこをして困っていた。
俺の方から注文を済ませると、真白はほっと胸をなで下ろした。
「食べ放題があるんですね……」
「うん、だからいっぱい食べていいよ」
「ふ、太ります!」
どちらからともなく、俺と真白は笑いあっていた。
「美味しい……」
「美味いだろう!」
「なんで凪くんが自慢してるんですか?」
「自慢の彼女だからだよ」
「もう、私を食べるのは禁止、ですからね!」
「そんな、殺生な!!」
鍋で茹でた肉を丁寧にポン酢につけてから、真白はゆっくり口の中に入れると、子供のような笑顔を浮かべていた。
それを見てるとなぜか誇らしげな気持ちになった。
店を出る時は、日が沈みかけていた。
「美味しかったぁー」
またらしくもない口調で感想を言う真白を見て、どこか微笑ましい気持ちになった。
今まで知らなかった真白の一面を垣間見ることが出来たような気がした。
「真白」
「はい」
「屋上に行ってみないか?」
「屋上、ですか」
「今特別に開放されてるみたいで、星が綺麗に見えるよ」
「行きたいです」
真白の同意も得たので、彼女の手を引いて俺らは屋上へと向かった。
「綺麗ですね」
案の定、真白は星を見入っていた。
今なら……。
「誕生日おめでとう、真白」
ポケットからこの日に買っていた指輪を取り出し、真白の右手の薬指に嵌めた。
「凪くん……誕生日、覚えててくれたんだ……」
咄嗟のことで驚きを隠せなかった真白だが、やっと我に返って俺を見つめてきた。
その手はぷるぷると震えていて、瞳は潤んでいた。
「ちゃんと覚えてるよ、特別な人なんだから」
「凪くん……」
「今は安物で我慢してね。いつかはちゃんとしたのを真白の左手の薬指に嵌めるから」
「はい」
真白はうっとりと指輪を見つめて、力強く返事してくれた。
それが何より嬉しかった。
「ねえ、真白、少し俺の話を聞いてくれる?」
「うん?」
俺は決めていた。
真白の誕生日に全てを真白に話すと。
だから、俺の隠し事はこれでおしまい。
次は真白、君が隠し事を話してくれるのを待ってるよ。
「いつか話したよね。俺には幼なじみがいたって」
柵に手をついて星空を見ながら、俺は渚紗のことを思い浮かべた。
「明るい女の子で、俺の初恋だったんだー」
そう、渚紗は俺の初恋の人だった。
「げっ歯類や花が大好きな女の子で、俺に頭を撫でられるのが好きだった」
だから、俺はよくげっ歯類で真白を喩えていた。
それは真白に渚紗を重ねていたのかもしれない。
「でもね、中二の冬、彼女は肺がんでなくなった」
「……」
「俺は全てを失った気でいた。真白と出会って、真白を好きになって、それでも忘れられなかった」
そう、俺はずっと渚紗のことを忘れずにいた。
どれだけ時間が経とうが忘れられなかった。
「俺はきっと真白と彼女のことを重ねて見ていたのだろう。ううん、きっとそうだ。でも気づいた。真白は彼女ではないし、彼女も真白ではない」
あの日桜小路先輩に出会った時に覚えたこの違和感。
彼女は楽々浦と似ているのだが、楽々浦とは違った存在だった。
一人は姉より特別になりたいと願う妹、一人はそんな妹のことどうしたらいいか分からない姉。
水無瀬の時もそうだった。
彼女は渚紗にそっくりだけど、渚紗ではない。
それは水無瀬に会う度に感じていた。
他の人をちゃんと一個人として見ていたのに、なんで一番大切な真白のことになると気が付かなかったのだろう。
俺は……大馬鹿者だ……。
「気づいた。気づいたんだ。でも、それを真白に言う勇気が今まで出てこなかった」
気づいてから、俺はげっ歯類で真白を喩えないようにしていた。
ありのままの真白を見ることにした。
「これからは真白だけを見ていたい」
これが俺の決意だ。
目の前にいる愛する人への。
「だめかな……真白?」
気づいたら、真白は泣いていた。
「やっと、やっと私だけを見てくれましたね……」
でも、それがすぐに笑顔に変わった。
「凪くんが私の彼氏でほんとによかった……こんなに悩んで、こんなに私のことを考えてくれて……」
「ああ」
真白を抱きしめると、彼女の震えが止まった。
「だから、今なら心から言える―――
そう、俺は
「私も……凪くんを愛しています」
俺のストーリーはこれで終わりだ。
次は真白とのストーリーが始まる。
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