第62話 いつもと違う道のり

「栗花落先輩まで来てくれるのは心強いです!」

「おい、俺だけじゃ心細いというのか!?」

「凪くんが道草食べないか心配ですから」

「俺は草食動物じゃないぞ!!」


 坂を下りる途中、水無瀬が嬉しそうにはしゃいだ。

 よほど真白のことが好きなのだろうか、水無瀬は俺と真白の前を駆け回って嬉しそうに言った。


 それは暗に俺だけじゃ物足りないと言っているようなものだ。

 だから聞き返したが、水無瀬から返事が返ってくることはなく、代わりに真白がからかってきた。


「凪くんは肉食男子だったんですね」

「それはあくまで食性についての話だよね!?」

「うわーっ、先輩って危なかったんだ……」


 真白だけならまだしも、水無瀬も真白の陣営に加わっているから、会話で主導権を握るのがいつもより難しい。


 横を向くと真白の栗色の髪が夕方の風に靡いていた。

 それは幻想的で、美しかった。


 少し前に俺が見た生徒会への要望が書かれていた書類の内容は、水無瀬が生徒会長選挙の際に演説した内容とあまりにも関係していると思えてならなかったから、彼女に話を聞いてみた。

 その結果、俺と真白、そして水無瀬はそれを書いた一年生の家に向かっている。


 水無瀬が言うには、その生徒は部活に入っていないらしく、放課後はまっすぐ家に帰っているという。

 本人と話さずにこの件をどうこうするのが難しいから、こうして直接家に行って本人から話を聞くことになった。


 アポイントは水無瀬が電話して取り付けてくれた。

 思い立ったが吉日というか、早めに今回の要望の背景を把握した方がいいと判断した楽々浦はすぐに俺たちを派遣したのだ。


 いつもの帰り道と違う道を通り、気が付けば日が沈みかけていた。

 夕日のくれないの光が真白の髪を照らして、蜜柑色と見違える。


「水無瀬は凄いな」

「なにがですか?」


 少し首を傾げたあと、水無瀬はマリーゴールドのような笑顔を浮かべた。


「いや、なんでもないよ」

「うん? ―――あっ、分かったぁ! 先輩は話をそらそうとしてるでしょう!」

「別にそらそうとしてないから!!」

「凪くんがどれほど肉が好きか、じっくり水無瀬さんに教えましょうか♡」

「それだけはほんとにやめろ!! ……いや、まじでやめてくれ……」


 心臓が飛び出しそうなことを、悪魔のようなにんまりとした笑顔を浮かべながら平然と話す真白。

 その目はまっすぐに俺を見据えていた。


「わたしも肉が好きですよ? 焼肉とか大好きです!」

「水無瀬さんはいい子ですね」


 無邪気に話す水無瀬の頭に、真白はそっと手を置いた。

 それはまるで母親がするような慈しみに溢れているものだった。


 やはり、真白は水無瀬に対して自然とスキンシップを取っている。

 それがどういう気持ちから来るものなのかは俺には分からないが、少なくとも愛情深く見えた。


「水無瀬って真白の前だと子供みたいだな」

「子供っぽいって言いたいの?」

「いや、なんだか無邪気というかなんというか」

「栗花落先輩、現行犯逮捕してください!」


 水無瀬に言われて、真白は俺を見つめた。


「凪くん、逮捕です♡」


 急に真白に手を握られて気恥ずかしくなった。

 それは恋人繋ぎというものだったからだ。


 逮捕という名の、あなたを離さないという真白の意志が感じられた。

 ただ、そんなことしなくても、俺はどこにも行かない。


 もう大事なものを見失わないと誓った。


 こういう言い方は少し照れるが、真白は俺の宝物だ。

 彼女に出会えたことはすごく幸運なことだと思った。


 彼女を好きになって、彼女に好きになって貰えて、その事実は奇跡のように思えた。

 奇跡は何度も起きない。だから、俺はたった一度だけ起きたかもしれないこの奇跡を大切にしたい。


 いつか、真白が彼女の隠していることを全部俺に話す時が来て、それを受け止めて、彼女の人生をハッピーエンドにしたい。

 そのために、俺は彼女との時間を大切にして、彼女が俺なら話してもいいと思えるようにしたい。


 俺が真白にできることは、こういう恩返しくらいだから。


「二人ほんとに仲良いね、見てるこっちが恥ずかしいよぉ」


 水無瀬は羨ましそうに、嬉しそうに笑った。

 彼女の明るいオレンジの髪はすごく懐かしく感じられた。


「水無瀬さんはいい子だから、きっと凪くんみたいな男の子と付き合えると思いますよ」

「えぇ……わたし先輩みたいな男の子と付き合わなきゃいけないの?」

「不満があるなら聞こう!!」


 図らずして三人ふふっと笑ってしまった。

 

 坂を下り終わると、平坦な道が続く。

 そこをゆっくりと歩いていく。


 これから訪ねる生徒は水無瀬の友達だ。


 話というのも決していいものではない。

 だからこそ水無瀬は元気そうに振舞っているのだろう。


 水無瀬の気持ちを汲み取ってか、真白も明るく振舞っている。

 それは彼女の優しさだと俺は知っている。


 三人して暗い顔していたら、その生徒もきっと不安な気持ちになる。

 だからこその笑顔。


 何があっても大丈夫。

 そう思わせたい。


 俺も生徒会に入ったのだから、今度はみんなを支えたい。

 真白と一緒に。


「あっ、もうすぐです」


 水無瀬の指差す方に一軒のアパートが見えたのだった。

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