『生徒会の初仕事』編

第61話 穏やかな生徒会室

 部屋全体が落ち着いた胡桃くるみ色に統一された生徒会室で、俺は真白が湯呑みに淹れてくれた淡い香りが立つ緑茶を啜っている。


「美味しいですね、凪くん」


 真白も湯呑みを口に当てて小さくお茶を啜る。


 生徒会室の真ん中にソファーと机が置かれていて、ドアに面するいわゆる誕生日席のところに楽々浦が座っている。

 楽々浦の右側のソファーに俺と真白は並んで腰をかけている。


 実に穏やかな昼下がり。

 放課後の部活に勤しんでいる生徒の声はたまに窓のほうから聞こえてくるが、平穏には変わりない。


 六月に入り、楽々浦は桜小路先輩に代わって正式に生徒会長になった。

 その副会長に、真白が指名された。


 俺はというと、書記に収まっている。

 これは俺の意志を汲んでの人事とも言える。


 今更だが、目立ちたくないし、真白と出会ってから色付いた日常を穏やかに過ごせればそれでいいと思っている。

 ほかにはかけるくんと水無瀬も生徒会役員に選ばれた。


 三宮さんと佐藤が面倒くさがっていたからの結果だ。

 こうして、新しい生徒会は五人体制で発足した。


 今日はかけるくんが部活で、水無瀬も遅れてくるから、今生徒会室には俺と真白、そして楽々浦の三人しかいない。


「ありがとうね、真白ちゃん」


 楽々浦はお茶を入れてくれた真白にお礼を言ってから同じように湯呑みを持ち上げて、熱っと言いながらゆっくりと飲んだ。

 彼女は生徒会長選挙の一件以来、少し変わった。


 親しみやすくなったというか、ゆとりを感じられるようになった。

 俺と真白しかいない時は、肩肘を張らずに等身大の女の子でいるのが普通になった。


 パリッと、茶菓子として置かれているせんべいを噛むと、鈍い音がして口の中に渋い味が広がる。


「のんびりだな」

「のんびりですね」

「いや、違うだろう!!」


 雰囲気に流されていたけど、なんで俺ら呑気にせんべいを食べているんだ!?

 机の上に溜まっている書類の山が見えていないのか!?


「まあまあ、東雲くんももっと食べなよ、美味しいぞ? せんべい」

「悪魔の囁きじゃん!!」


 平たく言えば、俺ら三人は現実逃避していたのだ。

 引き継ぎやら新しい生徒会への要望やらで、俺が先生にこの分厚い書類を渡された時は内心絶望した。


 それを生徒会室に持ち込んだとたん、楽々浦は棚に入っているせんべいを皿に入れて机に置き、真白は同じように棚に入っている茶葉を取り出し、三人分のお茶を淹れてくれた。

 無言の抵抗というものだ。


「今日は人も少ないし、いいじゃないですか?」

「喫茶店の老夫婦みたいな会話だな!!」

「あら、凪くんはもう私と一生を添い遂げるつもりなんですね」

「書類を見て話せ!!」


 気の所為でもなんでもなく、真白は明らかに書類から目を逸らして窓の外を眺めている。

 実に落ち着いている。


 が、その実態はさらなる現実逃避にほかならない。


「東雲くんが仕事を持ち込んだのがダメだったな」

「生徒会長の自覚を持て!!」


 俺に言われて楽々浦ははにかんで真白と同じ方向を向いた。

 

 うーん、すごく不自然。

 真白は窓の外の景色が気になって横を向いた程度だが、楽々浦は体を90度捻らないと窓が見えない位置にいる。


 俺の仕事の催促から逃れたい一心が見え見えだ。


「だいたい、今まではことあるごとに首を突っ込んだじゃん」

「今はもういいかな」

「うん?」

「もう特別になれたから」

「……それはどうも」


 楽々浦らしくないしおらしい言葉に少し照れて、俺はまた湯呑みを口の方に当ててお茶を啜った。

 

「そんなに私の淹れたお茶が美味しいのですか?」


 それを見て、真白は悪魔のようなにんまりとした笑顔を浮かべる。

 生徒会室がそんなに広くないからか、真白のフローラルとシフォンケーキの香りが漂ってくる。


「そりゃ、美味しいよ……」


 お世辞でもなんでもなく、真白の淹れたお茶は程よい温かさで飲みやすい。

 

「平和だなぁ」

「平和ですねぇ」

「お前らいいかげん―――」

「何してるんですか!? 三人とも!」


 またせんべいに手を伸ばそうとした真白と楽々浦を糾弾しようとした瞬間、ドアが開かれた。

 そこには明るいオレンジ色の髪をした女の子が立っている。


「水無瀬! やっと来てくれたか!」

「えっ? 急にどうしたのぉ? そんなに私に会いたかったの?」

「痛っ!!」

「ほんとにどうしたのぉ!?」


 水無瀬、お前は分かっていない。

 冗談でもそんなことを口走らないで欲しい。


 水無瀬の言葉を聞いて、真白は勢いよく俺の足を踏んづけた。

 すると鋭いだか鈍いだかな痛みが足から全身へと駆け上がっていく。


「凪くん?」

「俺は悪くないぞ―――痛っ!!」

「言い訳は聞きたくありません」


 悪魔のような怖い笑顔を浮かべて、真白は俺を踏んでいる足にさらに力を入れた。


「今晩は凪くんのサラダは抜きにしますね」

「そんな……」

 

 お母さんの代わりに真白もよく料理をしたりする。

 俺だけでなく、お母さんとお父さんもすっかり真白の料理の虜になっている。


 それがいけなかったのか、俺は真白にますます頭が上がらなくなっていた。

 今みたいに真白の機嫌を損ねると、オムライスにケチャップをたくさんかけられるか、楽しみにしているカレーの時のサラダは抜かれたりする。


「二人はほんとに仲がいいですねぇ」


 そんな俺と真白を見て水無瀬は呟いた。


「雪葉ちゃん、せんべい食べる?」

「あっ! 食べます!」


 俺と真白をよそに、楽々浦は水無瀬にせんべいを勧める。

 

「いや、そういう場合じゃないですよ! この書類の山をどうにかしないと!」


 最初はせんべいに釣られた水無瀬だが、せんべいの隣にある書類を見て正気を取り戻した。

 結局、水無瀬が一人書類を片付けるのに見かねて俺らも書類を手に取った。


 その時に、くしくも俺が取った書類に気になることが書いてあった。

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