第60話 それぞれの思い

「先輩酷い……」


 生徒会長選挙も無事に終わり、体育館から出た時だった。

 ムスッとした顔で佇んでいる水無瀬は俺を見かけるなり、こっちに寄ってきた。


「そんな演説をしたら、わたしなんかが当選するわけないじゃん」


 水無瀬にはほんとに悪いことをしたと思ってる。

 特に彼女の演説を聞いてたから、楽々浦のためとはいえ、水無瀬を彼女の夢から遠ざけてしまったのではないかという負い目はある。


「なあ、水無瀬、生徒会に入らないか?」


 だから、このような提案をした。

 うちの高校は生徒会長だけを選挙で決めて、あとの役職は生徒会長の任命になっている。


 そういう形でも、水無瀬は彼女のやりたかったことができるのではないかと思う。

 楽々浦もこの子のことを放っておくとは思えないし、きっと彼女もこの子の演説に感動したのだろう。


「いいんですか……?」

「今敬語―――」

「今のはなし!」


 珍しくしおらしくなったと思ったら、すぐマリーゴールドのような笑顔を浮かべていつもの調子に戻っていく水無瀬。

 その様子に懐かしさと微笑ましさを感じてしまう。


「先輩はやはりすごいよ。もし、先輩がわたしの応援演説をしてくれたらきっと当選するかもね」

「それは違うよ、水無瀬」

「え?」


 予想していなかったであろう俺の返事に水無瀬は疑問の声を漏らした。


「楽々浦が当選したのは、彼女が培ってきたみんなからの信頼があったからだ。そういう信頼がなければ、どんな演説も人の心には響かないと思う」


 楽々浦に助けられた一人の人間だから分かる。彼女は『特別になりたい』という思いで周りの困っている人を自分の輪に巻き込んでいるわけではない。

 そこだけは彼女の行動原理から外れている。それは偏に彼女の心のあり方がそうだからかもしれない。


 もっと感情的で、直情的で、彼女は真白と仲良くなりたかっただろうし、俺のことも放ってはおけなかったと思う。

 その結果、俺と真白は助けられた。学校に来るのが楽しくなった。


 もし楽々浦がいなければ、いや、かけるくんも三宮さんも佐藤もいなければ、俺と真白の関係はいびつなものになっていたのかもしれない。

 学校から逃げて、二人が添い寝して埋め合う。それは共依存というのかもしれない。


 そうならなかったのは、やはり学校に居場所が出来たからだと思う。

 うるさいと思っていた……いや、今でもやかましいと思っている楽々浦たちには確実に心を開きつつある。


 そういう意味では、俺と真白は独立した一人の人間としてちゃんとした恋人になれた。


「そうか……じゃ、来年までにわたしもそういう信頼を築いていきたい!」


 マリーゴールドのような笑顔を浮かべて、水無瀬は決意したように言った。


「頑張れよ」


 だから応援の意味を込めて彼女を励ます。


「ところで先輩」

「うん?」

「副会長にしてくれてもいいのよぉ?」

「せいぜい雑務係だ!」

「えー!」


 副会長なんてこっちが任命する必要なんてない。

 きっと来年は水無瀬が生徒会長になるだろう。


 彼女にはその資質がある。

 少なくとも俺の目にはそう映る。




「やあ、東雲くん」

「なんでしょうか、桜小路先輩」


 水無瀬と別れたあと、立て続けに桜小路先輩に話しかけられた。


「ありがとうね」

「どうしたんですか? 桜小路先輩らしくないですよ」

「あと一年したらこの先輩をおちょくる後輩の顔が見れなくなるのかー」

「全然時間があるじゃないですか!?」


 期せずして二人でふふっと笑ってしまった。


「君なら小夏のことを救ってくれると思っていたよ」

「それでよく俺に話しかけてるんですか?」

「それもある」

「ほかにも理由が?」

「あの子はきっと私なんかと話したくないから……」


 今の桜小路先輩の話で分かった。

 彼女が俺を介する理由も。


 桜小路先輩は楽々浦の悩みを知っていながら、自分がその悩みそのものなばかりに、なにも出来ずにいた。

 手をこまねいて、ただ楽々浦を見守るしかできない桜小路先輩のもどかしさは彼女の言葉から滲み出ている。


 でも、桜小路先輩は一つだけ間違ってる。


「それは違いますよ」

「えっ?」


 予想外の返事に桜小路先輩は動揺する。


「俺の話よく楽々浦から聞いてると言ったじゃないですか? それに、特別になりたいだけなら桜小路先輩と違う高校に行く選択だって出来たはず。それをしなかったのは、楽々浦はお姉ちゃんが大好きだから、その大好きなお姉ちゃんがいながら特別になりたいと思っているからだと思いますよ? だから……」


 俺が言葉を飲み込んだのは、桜小路先輩の目が潤んだからだ。


「……ありがとう」


 しばらくして桜小路先輩は口を開いた。


 その間はきっと、他人の俺から見れば明らかなものでも、当事者には色んな感情が織り交ぜになっているからこそ見えない姉妹愛を突きつけられて、消化するための時間なのだろう。

 ずっと自分のことを嫌っていると思っていた妹が、自分を追いかけて同じ高校に入ったなんて、桜小路先輩には考えもしなかっただろう。


 ただ、俺に出来るのはここまで。

 ここからは、楽々浦と桜小路先輩の姉妹の問題。


 時間はかかると思うが、きっといつかわだかまりが消えて仲のいい姉妹になっているだろう。


 

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