第59話 君はとっくに特別だ

「ありがとうございました。続いて立候補者演説に移ります」


 桜小路先輩に呼ばれて、急いで壇上へ向かう。

 途中真白とすれ違ったけど、泣いた跡を見られるのが恥ずかしかったから、俯いて足早に通り過ぎた。


 マイクを握って、少し躊躇う。

 『ベーカー』の時もいっぱい人がいたが、あの時は周りに無関心だったからさほど気にしてはいなかった。


 今は全校生徒の前で演説しなければならない。

 予想以上にプレッシャーが強い。


 真白はこの中で自分の思いを全部話したのか。

 ほんとに強い女の子だな、真白は。


「すみません。実は栗花落の話、事前に聞いていませんでした」


 全校生徒の前で真白と呼ぶのが気恥しいから、苗字にしておいた。


「感動して、考えていたことを忘れてしまいました……でも、精一杯話すので、最後まで聞いて頂ければ―――」

「少尉!! らしくないぞ!! ぶちかましたれ!!」

「そうよ! 東雲くん頑張れ!!」

「お前はやればできるやつだと思ってるぜ!!」


 らしくもなく、丁寧な口調を心掛けながら話していると、かけるくん、三宮さん、佐藤は立ち上がって叫んだ。


「いつものするどいツッコミはどこいった!? 少尉!!」

「だからみんなの前でそう呼ぶな!!」


 大声を出したせいか、キーンというマイクの不調和音が流れた。


「なんだ、ちゃんと大声出せるじゃないか!!」


 かけるくんは笑って手を振っている。


 ほんと、俺は恵まれすぎだよ。

 こんなに良い友達がたくさんいて。


 またもや胸が熱くなって、涙が出そうになる。


 ありがとう、みんな。

 おかげで勇気が出た。


「すみません、今のは忘れてください」


 そう言うと、体育館から笑い声が立ち込める。


 よし、ちゃんと最後まで頑張ろう。

 もう怖くない。


「俺は、いや、俺もクラスで浮いてた」


 深呼吸を挟んで続ける。


「いつも、教室で笑い声を上げていた楽々浦のことをうるさいと思っていた。なんでそんなに楽しそうにできるんだって。きっと彼女と俺は違う人間だって、そう思った。自分の世界は白いベールに覆われたような、隔絶されたもののように感じた。どこに行っても景色は一緒。白いままだ。そう思っていた。栗花落と話すようになっても、俺は一歩引いていたし、彼女の気持ちをはぐらかした」


 真白も聞いてると思うと、急にまた気恥ずかしくなる。


「そんな俺が変わるきっかけをくれたのが楽々浦だった。強引で反論を許さない彼女に、俺は変わることを余儀なくされた。その最初の出来事が彼女が俺をロミオ役に指名してくれたことだ。あっ、これって栗花落の意思を汲んだことになるのかな。でも、そういう意味でも、楽々浦は周りの人をよく見て、その人の気持ちに寄り添える人だって思えた」


 真白の時と違って、体育館は時々笑い声が上がる。


「いい意味でも悪い意味でも、俺は文化祭に参加しなくてはならなくなったから、自分がクラスの出し物の中心にいると思うと、自分の世界を覆っていた白いベールが少しずつたくし上げられた気がする」

「それは新婦の役目だぞ!! 少尉!!」


 かけるくんに反応して体育館はまた笑い声に包まれた。

 俺の声が少し小さくなったから、かけるくんは勇気づけようとしてくれたと思う。


「そうだね、うるさいと思っていた楽々浦の声をちゃんと聞けるようになったのはこの時からだと思う。そしたら気づいてしまった。彼女が面白可笑しく言ってることを、自分も時々言ってしまっている。それは、俺が変わったからだと思う。自分とは縁のない楽しい話を、俺はいつの間にかするようになっていた。二年生になっても、楽々浦は友達でいてくれた。昼休みに一緒にご飯食べて馬鹿なことを言い合って、真白の言葉を借りると、学校に来るのが楽しくなった」

「『真白』って言ってますよ〜」


 三宮さんに指摘されて、いつもの癖で『真白』と呼んだことに気付いた。

 

 途端に顔が熱くなっていく。

 今更だが、『真白』が俺の一部になっていると実感する。


 そんな真白と付き合うきっかけをくれたのは、真白の話も含めて考えると楽々浦に違いない。


「楽々浦はいつも明るくて、元気で、活力溢れてて―――」

「それ全部同じ意味だぜッ!!」

「微妙に違うからいいんだよ!! 佐藤!!」

「「「わははっ」」」


 今度は佐藤が彼なりに励ましてくれた。

 多分、いや、きっとそう。そうだと信じたい。


「こうやって楽々浦の輪に巻き込まれてたくさん友達も出来た。楽々浦はいつも話しかけてくるから、気づいたら俺は普通にみんなと話せるようになっていた。傍若無人なのに、みんなを助けていくし、うるさいのに楽しくて―――」


 ここからは、楽々浦に向けた話だ。


「楽々浦、お前は俺にとってそれほどな友達だよ!! 踏み出す勇気を無理やりくれたな人だよ!! 俺にとってお前は特別だ!! 俺と真白の特別な人じゃダメかなっ!?」


 ずっと、これを彼女に伝えたかった。


 楽々浦はとっくに俺と真白にとって、特別な人なんだ。

 そう気づいて欲しい。そう伝えたい。


「楽々浦に生徒会長になって欲しい人がたくさんいるはずだよ!!」

「ここにちゃんといるよ!」


 俺の声に反応して、一人の男子生徒が立ち上がる。


「私だって楽々浦先輩に生徒会長になってほしいですよ!」


 続いて、一人の女子生徒が立ち上がった。


「楽々浦さんが生徒会長選挙降りた時はすごくがっかりした!」

「俺も! 俺も!」

「いつも学校行事を盛り上げてくれてありがとう! 楽々浦さん!」


 次々と、生徒が立ち上がって楽々浦の方角に向かって、思いの丈を吐露する。

 壇上からでも楽々浦の目は潤んでいるように見えた。


 なんだ。

 お前はすでにみんなの特別になっているじゃないか。


 周りのこと見えてるのに、なぜ自分のことになると気づかないのかな。

 お前はとっくに俺と真白、そして周りにいるみんなにとって特別な人になっているよ……。




 この日の選挙の結果、楽々浦が次期生徒会長に選ばれた。

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