第53話 陽射しが差し込む電車の中

「それで、凪くんはどこで油を売っていたのでしょうか?」

「そんな財布が膨らむようなことはしていない」


 放課後、俺と真白は帰宅のため、電車に乗った。

 彼女はあの日俺の家に来て以来、花嫁修業というか俺ん家で居候いそうろうしている。


 幸運にも、今日は電車が空いてて、真白と隣り合わせて座ることが出来た。

 だが、不幸にも予定より遅く帰ったことにより、俺はこうして真白にそのわけを追求されている。


「生徒会長の手伝いをしただけだよ」


 ほんとは手伝わされたなんて言っても話がややこしくなる。


「桜小路先輩の?」

「真白は生徒会長の名前を知っているのか!?」

「凪くんと一緒にしないでください」


 気のせいか、真白は機嫌が悪いみたい。


 『生徒会長』ってキーワードだけで、『桜小路先輩』の名が出てくるのは正直驚いた。

 俺はこの間まで、桜小路先輩が楽々浦、真白と並んで古坂高校の三大有名人であることを知らなかった。


 俺に知られていないから、案外有名じゃないのかもしれない。


「凪くんは周りに興味がなさすぎでしたもんね」


 俺の横顔を見つめる真白は、悪魔のようなにんまりとした笑みを浮かべた。

 今更だが、真白を至近距離で直視するのはまだ少し気恥かしい。


 それくらい、彼女への好きが毎日更新されている。

 まだ彼女を初めて見かけた時のような気持ちを俺はいまだに抱いている。


「真白のことは一目惚れだったよ?」

「あ……ありがとうございます……」


 でも、今回のやり取りは俺に軍配が上がった。

 まだ夕暮れではないが、真白の顔は赤に染まっていた。


 自慢じゃないが、入学式の日から俺は真白のことが好きだ。

 その時の彼女はまだ無機質で無表情の『人形姫』だったけど、不思議と惹かれた。


 今桜小路先輩との会話で薄々感じていたものがはっきりとした。

 変化球しか打たない、噛み合っていないようで噛み合っている会話は真白としかできない。


 彼女はなぜか俺の意図をはっきりと理解してくれる。そして、俺も同じくらい彼女の言葉の意味が分かる。

 そこに理由を求めるのだとすれば、『心』が似ているからだろう。


 性格、生まれや境遇にもよるが、その人がその人であるための『心』というものが一番二人の相性を良くしてくれた。


「でも……」

「でも?」

「それを言うなら、私は中学に上がった時から凪くんを好きになりましたよ?」

「どこかで会ったのかな?」

「ううん、っていませんね」


 会っていないにもかかわらず、真白は俺を中学校の時から好きだった、ということらしい。


 俺は真白の過去に踏み込まない。

 こうやって少しずつ彼女との会話から情報収集して、自分にできることを見つける。


 彼女と一緒にアイスを食べたり、水族館に行ったり、遊園地に行く。

 彼女のそばにいる人でしかできない役割を、俺は果たすつもりだ。


 俺は王子様じゃない。

 そんな自信もない。


 恋人と王子様を混同して、土足で真白の過去に踏み込むのはもしかしたら彼女を傷つけることかもしれない。

 優しさには、その人その人に適した形があると思う。


 でも、恋するのは王子様の特権でもない。

 それは誰にもする権利のある素晴らしいことだと、真白が教えてくれた。


「凪くん」

「なに?」

「それで茶化されると思いました?」


 なぜだろう。今の真白は凍りつく北風のような笑顔を貼り付けている。


「なんでオレンジジュース一本しか買わなかったのですか?」


 どうやら、ごまかせないらしい。

 

 予定より遅く教室に戻ったのもそうだけど、二本(俺と真白の分)あるはずのオレンジジュースが一本になった時点で真白は色々と察したらしい。


「生徒会長選挙で頑張ってる一年生がいたからあげた」

「なんで生徒会長の手伝いしていたら一年生に差し入れをしたのですか?」

「とても頑張ってたから」

「ふーん」


 実は、水無瀬からのお願いを保留にしてある。

 俺は先に楽々浦に頼まれたし、水無瀬との今までの接点がなさすぎて、彼女個人をあんまり知らない。


 彼女は渚紗にそっくりだが、渚紗ではない。

 知らない女の子が生徒会長にふさわしいかどうかの判断は俺にはできない。


 残念ながら、楽々浦はやかましいが、いいやつだ。

 俺は楽々浦のおかげでこうやって真白と一緒にいられるとも思ってる。


 そのきっかけを楽々浦はくれたし、俺のために動いてくれた。

 口ではあれだが、内心では感謝している。


「真白ってさ」

「なに?」

「いいや、なんでもない」


 楽々浦のいないところで、楽々浦と桜小路先輩の関係について探るべきじゃない。

 俺より同じ女子である真白こそ何か知っているのではないかと言いかけたが、考え直した。


 もしかして、それは楽々浦が人に知られたくないことかもしれないし、楽々浦の過去に繋がることかもしれない。

 自分でも驚いた。真白に楽々浦のことを聞くなんて、俺はもう昔ほど人に興味を持っていないわけではない。


「またお茶を濁すと?」

「残念だが、俺は紅茶が好きだ」

「もともとドロドロじゃないですか!?」

「今すぐイギリス貴族に平謝りしてください!!」


 電車内だから、もちろん小声だ。

 ただ声色には力を込めた。


 すると、真白は燦々と輝くひまわりのような笑顔を浮かべた。

 その笑顔の意味はもちろん知っている。


 真白は俺の言葉で笑顔になってくれた。

 それは俺にとって一番嬉しいことだ。


 桜小路先輩と水無瀬と話してから胸に何かがひっかかる。

 それが分かるまで黙ってるのを真白に許してもらうしかない。


 陽射しが差し込む電車の中、真白はゆっくりと頭を俺の肩に預けてくれた。

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