第50話 生徒会を殲滅してはいけません

「我々の目的は今の生徒会を殲滅することである」

「待って……」

「待たん!! これは決定事項だ!!」


 俺が急いで真白の手作り弁当を食べ終わったのを見て、楽々浦はとんでもないことを言い出した。

 『である』とか言ってるあたり、『作戦会議』の雰囲気はもうゼロである。


「作戦はあくまで比喩表現だよな!!」

「いつから我々の戦争は遊びだと思ったのだ!?」

「いつから戦争してるんだ!!」

「明日からとか?」

「平和すぎる戦争だな!!」


 そこで笑ってるお前ら、楽々浦は本気だからまじで止めろ!

 あと、俺は笑わせてるためにツッコミを入れてるんじゃないぞ!


「なんだ、東雲くん、ツッコミがウケて照れてんのか?」

「少尉ってなんだかんだ言ってピュアだよね」

「別に照れてるわけじゃない……」


 ほんとに違うから、カピバラみたいな笑顔はやめて? 真白さん。


「はーい、質問です〜」

「なんでしょう? 三宮さん」


 楽々浦と三宮のやり取りにデジャヴを感じながら、耳を済ませる。


「応援演説する人はもう決まった〜?」

愚問ぐもんだね……そんなの東雲くんに決まってるじゃん」


 そこは『いい質問だね』じゃないんだと思ったら、少し間があった後に比喩でも例えでもない、他人事とかけ離れた指名が入ってきた。


「待って……聞いてない」

「今言ったから」

「今言うな!!」

「タイミング悪かったのか?」

「いや、やっぱ今でいいよ……」


 相談や事前通知とかして欲しかったという意味で言ったのだけど、心の準備的な問題だと思われたから、これ以上言っても、楽々浦には届かないと思う。


「凪くんは楽々浦さんに弱いんですね」

「今真白の笑顔から殺意を感じてるけど、俺の直感が今日寝ぼけているだけなんだよね!?」

「凪くんの直感はちゃんと仕事してるから、大丈夫ですよ♡」

「ごめんなさい!!」

「謝れば許されるほど東雲家は甘くないですよー」

「いつお前は東雲真白になったんだ!?」

「あっ、バレましたかぁ」


 気のせいか、真白は表情だけでなく、口調まで豊かになった気がする。

 真白と一緒にいるようになって七ヶ月ほど経過したが、もはや彼女を『人形姫』と思うのはその完成された美貌だけだ。


 新雪のように白い肌に栗色の髪が優しくかかっていて、フローラルとシフォンケーキの香りが彼女から放たれる。

 少し目をらすと、切れ長な目と二重の瞼が乳白色のふっくらとした涙袋によって引き立てられていて、心を奪う。


 そう、真白は普通の女の子というより、魅力的すぎる女の子になった。

 真白に触れてはじめて、彼女がこんなにも人間味溢れる女の子だと知った。


「二人の世界に入ってるところ悪いんだけど」

「「あっ」」


 真白と同じ声を出して、周りの視線に気がついた。

 それは気づかない方が幸せだと思わせてくれるほど、暖かく気恥しいものだった。


「ゴールデンウィークになにがあった? 少尉」

「ほんと、何があったのか知りたい〜」

「東雲、お前、うぐッ……」


 佐藤に至っては、半泣きになっている。

 

 別にこれは見せびらかしてるのではないよ?

 つい癖というか、気づいたら真白に夢中になっていたというか、ともかくそういうたぐいではない。


「とにかく言うつもりはないから!」

「えっ、ケチ〜」

「別にジュースなら全然奢るぞ?」

「じゃ、私白桃味ウォーターで〜」

「あたしはコーラ!」

「俺はオレンジジュースかな」

「俺はプレミアムゴールデンカフェで!!」

「お前だけ異常に高いやつだな!! 佐藤」


 てか、なんで俺がジュースを奢る流れになった?

 『全然奢るぞ?』というのは俺はケチじゃないという比喩表現でしかないのだが。


 それはあくまで冗談の類いだ。

 あと、佐藤、お前の注文に私怨しえんが入っていると感じるのは俺の気のせいだよな?


「私は凪くんと同じので」


 これはみんなに奢っていいというOKサインなのかな。


「お前ら、真白に感謝しろよな」


 みんなの疑問が形になった視線に晒されて、俺は教室の後ろの方の引き戸を開いて、一階の自販機があるエリアを目指した。




「ちょうどいいかな?」


 ジュースを抱えたままさらにコインを入れようと苦戦している最中に、声をかけられて振り返ると、そこには暗めの金色の髪をした女の子がいた。


「あっ、はい」

 

 敬語になったのは、彼女が三年生の先輩だからだ。

 俺にでも分かったのは、彼女は真白、楽々浦と並んで有名だからだ。


 ついさっき、楽々浦が殲滅しようと決めた組織のボスというか、生徒会の会長というか。

 凛とした笑みをたたえて、真白と同じくらいすらりとした体つきなのに、胸だけは控えめではなく、存在感をこれでもかと主張してくる。


 ここで胸についての感想をさらに言うと、真白に怒られる気がするので、辞めておく。

 最近は自分の思考にまで真白が侵入してきたのだとつくづく思う瞬間である。


 長いはずのさらさらとした髪をわずか肩にかかるくらい後ろに編み込んで、左耳をあらわにしている。

 その華奢にして豊満な体と合わせて、扇情的という言葉が一番似合う。


 なのに、凛として、周りを圧倒させる雰囲気を纏っているのは、桜小路さくらこうじ望愛のあ先輩を生徒会長へと押し上げた理由の一つなのだろう。

 彼女の首につけている黒いチョーカーは、余計に体の曲線を細く感じさせる。


「生徒会長選挙の立候補者のポスター貼るの手伝ってくれる?」


 生徒会長なのにオシャレで、俺が両手を塞がれているのに頼み事をする。

 桜小路先輩は楽々浦に勝るとも劣らないほど、傍若無人ぼうじゃくぶじんだと思ってしまうのは仕方のないことだよね。

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