第36話 真白の起こし方

「おはよう〜」

「うん、おはよう」

「なんでそんなに反応が薄いんですか!?」

「お前が俺の上に座ってるからだよ!!」

「可愛い彼女が自分の上に座ってたらテンション上がるじゃないんですか!?」

「ほかのところのテンションが上がったから反応が薄いんだよ!!」


 窓から薄い日光が差し込む。

 それから判断するに、まだ日が昇ったばかりの6時前なんだろう。


 真白が俺の真上に座ってるというのに、意外と重くは感じられなかった。


 女の子は思ったより軽いな……。


 ただ、位置はあまりよろしくない。ほんとによろしくない。

 真白が少し後ろにズレるだけで、俺の秘密は暴かれる。そう、男子が女子に一番知られたくない朝特有の秘密。


 まあ、それは真白と何ヶ月も一緒に寝てたから、とっくに知られたわけだけど、真白が俺の上に座っているだけで、いつもよりワンサイズ大きかったら、君に反応しているんだと言ってるのと同じようなもんだ。

 それだけは回避したい。それを知られたら、真白は絶対に俺を許さない。それこそ今日の花見が急遽キャンセルになってもおかしくないくらいだ。


 ―― 春は花見しに来ようか?


 四か月前に真白と交わした約束を、今日果たすことになる。

 だから、寝坊助の真白も今日に限って、早起きして俺を起こしている。


 真白にとって、俺との花見の約束がこんなに大事なことなんだと思うと、愛しさが込み上げてくる。

 真白はいつも、俺の心を照らしてくれる。


「ほんとですね……いつもより大きい気がします」


 しまった。

 つい自分からあそこのテンションが高いと自爆してしまった。


「勝手に触るな」

「じゃ、手を使うのやめましょう」

「え!?」


 俺がもっとも危惧していたことが起きてしまった。

 真白は膝でゆっくり後ろへ移動していく。


 真白の動きが止まったときに、二人の際どいところが密着してしまった。

 真白の太ももの柔らかさと、骨盤の硬さが直に伝わってきて、それがますます俺を興奮させていく。


「どんどん大きくなっていってますね♡」

「バルーンを膨らましてる時のテンションで言うな!!」

「破裂させたくなりますね♡」

「それ冗談で言ってるよね!? ねえ、冗談だって言って!?」


 悪魔のように、にんまりとした微笑みを浮かべて、真白はうっとりとした目で俺を見つめている。


「ふふっ、もちろん違う意味で」

「どんな意味でも破裂させてはいけない場所だから!!」


 まさか、四ヶ月越しの花見の約束は真白の暴走で終わってしまうのか……。

 そう思った時、下半身の違和感に気づく。


「真白、今すぐどいたほうがいいよ」


 そう、俺のズボンが少し濡れているのが感じられたから。

 考えたくないはないが、この歳でおねしょ……はさすがにやばい。


「どうしたの?」

「俺……この歳になって、おねしょしたかも……」

「え?」

「だから、このままだと真白も汚れちゃう……」


 おねしょしたかもしれないことを隠したい気持ちと、真白を汚したくない気持ちがせめぎ合って、結局後者が勝ってしまった。

 自分の彼氏がこの歳にもなってまだおねしょするなんて思われたら、幻滅されるかもしれないが、俺はやはり真白のことを大切にしたい。


「……シーツは濡れてませんよ?」

「え? でも、ズボンの上からすごく濡れてる感触が……」

「……!!」


 俺の言葉を聞いて、なぜか真白は飛び跳ねて、勢いよく俺から離れた。

 どうやらおねしょしたわけじゃなさそうだが、一体なんだったんだろう。


「凪くんの……ばか」


 おまけに、真白を怒らせたみたいで、『ばか』の称号をまた一つ手に入れてしまった。

 結果的に助かったけど……。




「さっきの一体なんだったんだろう?」

「知りません!!」

「なんで怒ってるの?」

「知りません!!」

「世にも奇妙な物語だね……」

「もしかして凪くんって知ってて言ってるんですか!?」


 どうやらこの話題を続けるのは良くないらしい。

 俺はいつの間にか真白の地雷を踏んでしまったみたい。


「お弁当美味しそうだね」


 なので、とりあえず真白が早起きして作った弁当を褒めることにした。


「凪くんの分はありません!!」

「それどう考えても二人分じゃん」

「私が全部食べます!!」

「太るぞ?」

「そんなデリカシーのない凪くんの分は出発前に冷凍庫に入れときます!!」

「アイスの作り方間違えてんぞ!!」


 褒めてはみたのだが、結局意味不明な嫌がらせを受けるところだった。


 女の子はほんとに複雑で分かりにくい生き物だな。


「いい加減機嫌直してよ」

「なにしてくれますか?」

「え?」

「人に頼み事する時は代価を用意すべきでは?」

「どっちも真白しか得しないやつ!!」


 ご機嫌取りに、さらに代価を要求されるなんて、俺の彼女はほんとにわがままだ。

 でも、そんな真白のことが愛しくてたまらない。


「これでいいか?」


 ネグリジェの上にエプロンを付けているなんとも言えないような格好の真白を抱き寄せて、その栗色の髪にそっと手を載せる。

 ゆっくり撫でてると、フローラルの香りがはじけ飛びそうな勢いで、俺の鼻腔を満たしていく。


「……ちゃんとパンツ着替えたから」


 しばらくして、返事の代わりに、真白は意味不明なことをこぼした。

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