第35話 それはパジャマとは呼べない
「……ほんとにパジャマに着替えないのか?」
「これがパジャマですが?」
困ったことに、部屋着とパジャマをきちんと分けている真白は、そのまま柔らかい青みのかかった紫のネグリジェを身にまとってベッドに横になっている。
左手で軽く隣を叩いて、早くベッドに上がって? とでも言ってるように俺を催促する。
常夜灯で微かに見える真白のすらりとした長い脚。その太ももの部分は以前より少し膨らんでいて、より女の子の曲線を強調する。
これにはさすがの俺でも、一緒のベッドで寝るのは
「……ついに抱き枕の役割を放棄したか」
「いつまで私のこと抱き枕扱いしてるんですか!?」
独りごちるように呟いた俺の声はきちんと真白に届いたらしく、彼女は鈴を転がすような声で俺に訴えてくる。
これ、どう見ても発情期だよね……どうしよう……。
「早くー!」
隣を叩いてる左手にさらに力を入れて、命令するように俺を促す真白。
そんな彼女に逆らえるわけもなく、俺はベッドに上がって、彼女の上を通り、壁際の定位置に移動する。
だが、その途中。
「いやん〜」
「変な声を出すな!」
「だって凪くんが触れてくすぐったいんだもん」
「触れてないし、触れようともしてない」
「それ彼女に言うセリフですか!?」
「痴女に言うセリフで合ってるよ……」
もちろん、真白の上を
気のせいか、ネグリジェ越しで感じた彼女の肌の感触は、いつものパジャマより生々しく
「もう寝る……」
自分のスペースに移動するだけでどっと疲れたような気がして、俺は壁に向かって、就寝することを宣言した。
だが、もちろん、真白はそれを許さない。
「……いつものように、後ろから抱きしめてくれないんですか?」
「生地が変わったから、味の保証がないので」
「私ピザみたいに語られてませんか!?」
背中から手で叩かれている感覚がして、顔見ずとも、真白が頬を膨らませてリスに変身しているのが分かる。
げっ歯類は一生歯が伸び続けるらしいが、真白のわがままも一生続きそうだ。
「……ねえ、抱きしめてくれないと、こっちからするよ?」
「宣言する前に行動に
言うが早いか、真白は後ろから両手を伸ばして、俺を抱きしめた。
自分の体を俺の背中にくっつけて、弾力のある柔らかい
「凪くん、まだ降参しないんですか?」
「どの
「あら、凪くんも男の子ですね」
「今まで俺はアイスが外れた時のスペアだと思われてたのか!?」
「それもありますが」
「あるんかよ!?」
今日みたいに、アイスを溶かしたり、新発売のアイスの味が外れた時、いつも俺のアイスは真白に奪われてしまう。
俺は彼氏というより、彼女のアイスのスペアを用意する下僕になったような気分だ。
俺は抹茶アイスを食べ続けても飽きないほど一途で、バニラアイスにすぐ飽きてしまった真白とは大違いだ。
「ふふっ、ちゃんと大きいほうの凪くんに言ってるんですよ?」
「どっちも大きいが?」
「見栄はらないでください」
「実物見てからいいなさい!!」
なんかデジャヴを感じる。
前も誰かにこんなこと言った気がする。
「だって、見せてくれないんじゃないですか?」
「凪くんだって恥ずかしいんだよ!? 気遣ってあげて!?」
「そんな恥ずかしがり屋の凪くんはいつも私を後ろから抱きしめていますが?」
「他の人が聞いたら俺の性癖が誤解されるような言い方やめろ!!」
「大丈夫ですよ? 凪くんと二人きりの時しか言いません……凪くんだけを見ていますから」
自分から紛らわしい言い方したのは悪いとは思ってるけど、それに便乗して叩きかけてくる真白は悪魔以外の何者でもない。
恥ずかしさで頭が沸騰しそう。脳細胞が三分でできることで有名なインスタントラーメンみたいに熱々のお湯に
「痴女が可愛いこと言っても響かないし」
「照れ隠しなのは分かっていますよ?」
「こら、変なところ触るな!」
「ここの凪くんは素直ですね」
「嬉しそうに言うな!」
脊髄にまで届く快感に、思わず身をよじる。
これなら、俺が撃沈するのも時間の問題だと思う。
女の子って付き合ったらこんなに変貌するものなのだろうか。
少なくとも付き合う前の真白は恥ずかしがり屋だったと思う。
「俺は真白を大切にしたいんだよ……」
「そういう焦らしプレイなのですね」
「焦らしてるつもりはないが?」
「大好きな男の子と毎晩一緒に寝て、手を出されないなんて焦らしプレイ以外のなにものでもないよ……」
俺のせいなのか……?
俺はただ、真白に手を出してしまったら、彼女をより性的な目で見てしまうようになるのが嫌だと思っただけだ。
思春期の男の子が、その一線を踏み越えてしまったら、もうブレーキが効かなくなる。
俺はきっと自分から真白を求めるようになるだろう。真白を自分の欲望を鎮めるための道具として見たくない。
「寝たふりですか?」
「……」
「凪くんの……いくじなし」
真白を大切にしたいから、今は寝たふりして、彼女が発情期を終えるのを待つしかない。
きっとこれは真白の一時的な気の迷いに過ぎない。
背中越しに伝わってくるフローラルとシフォンケーキの香りがとても心地よく、いつの間にか俺は真白の温もりを感じながら眠りについてしまった。
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