第34話 俺のアイスを返せ

「溶けちゃいました……」

「お前は温かいからね」

「悲しんでる時に褒めないでください……」

「真白はそろそろ『嫌味』って言葉を知ろうね?」


 結局、家に帰るまで、真白はバニラアイスもどきを胸にはさ……抱えていた。

 真白の家を普通に『家』と考えている時点で、今の生活に俺はすっかり馴染んでいる。真白のいるこの日常が、俺の一部になっていた。


 それはそうと、アイスは暖めて美味しくなるものではないことを、彼女はまだ知らない。


 美味しそうなやつを見つけた喜びでそんな行動に出たのは理解出来るが、そろそろ常識も身につけて欲しい。

 例えば、今真白が着てる服もどきのことも……。


「そのネグリジェいつ買ったんだ……?」

「あら、やっと気づいてくれましたか? 凪くんを驚かせたくて、通販でこっそり買っちゃいました!」

「驚かせようとするな! こっそり買うな! あと布地を極限まで減らすな!」

「凪くん的に……ドキドキしませんか……?」


 ドキドキしないわけがない。

 なぜなら、今真白が着ているのはノースリーブの柔らかい青みのかかった紫のネグリジェなのだ。


 脚から下はレースになっていて透けているせいで、真白のすらりとした新雪のように白い脚があらわになっている。

 ちょっとでもそのよどみ一つない脚を上げられたら、真白のパンツが見えそうで、すごく心臓に悪い。


「うーん、熟女の色気を最大限に引き出せると思うよ」

「ぴちぴちの女子高生を発酵させないでください!!」

「30年後の自分が聞いたら悲しくなることを言うな!!」

「凪くんだから……着てるんですよ?」


 うわー、俺の彼女が可愛すぎる……。

 人形と言われる美貌の持ち主が、ほぼ裸に近い状態で、俺ににんまりとした微笑みを投げかけてくる。


 最近、真白のアプローチが過激になってきている気がする。

 確かに、あれよこれよと理由つけて彼女の誘いに応えていないのは俺だけど、このままだと発情期だと思われても不思議ではない。


 俺の彼女が発情期か……それはそれで可愛いな。


「顔……赤いですよ?」

「え?」

「スキあり!!」

「おい! 返せ!」


 いつの間にか、俺らの体が密着して、真白の胸の感触を嫌でも知覚してしまった。彼女の片方の脚が俺の脚の上に乗っかっていて、理性を崩壊させようとしてくる。

 顔を近づけながら、俺の鼻に自分の鼻を重ねてきた真白からフローラルとシフォンケーキの香りが漂ってくる。


 思わず動揺していると、なんと彼女は疾風しっぷうのごとくテーブルに置かれている俺の抹茶アイスを奪い取った!


 まさか、エロいネグリジェを着たのも、俺を誘惑するような言動をするのも、すべてこのためだったのか!?

 自分のバニラアイスもどきが溶けたから、家に帰った時点でこの計画を実行していたのだとすると、恐るべし食い意地である。


 最近真白の太ももの肉付きが良くなったのもきっとこれが原因だ……。


「なんか失礼なこと考えてそうだから、返しません!!」

「肉付きが良くなったのはいいことだ!!」

「そんなこと考えてたんですか!? 私太ってないんですからね!!」

「信じるから!! 真白の言うこと全部信じるから!! とりあえず、落ち着こうね!? そのアイス一旦置こうか!?」

「だーめ♡」


 俺の哀願も虚しく、真白は勢いよく自分のスプーンで俺の抹茶アイスを口に運んでいく。


「その代わりに、私のどうぞ?」

「……それ、真白の食べかけ」

「いい方酷くないですか!? 間接キスという発想はないのですか!?」

「唾液まで交換する間接キスがどこにあるんだ!?」


 食べかけというか、実際、溶けているので、真白はバニラアイスもどきのカップに華奢で可愛らしい唇を付けて、飲んでいた。

 それによって、のバニラアイスもどきは真白の唇を通し、たくさんのを含んでいるのは想像にかたくない。


「唾液なら前にたくさん飲ませてくれたんじゃないですか!?」

「子供がまだ起きている時間帯に俺の黒歴史を暴露するな!!」


 真白と付き合ったその日、俺と彼女はキスを交わした。

 唇と唇が触れ合うだけの、淡くて優しいキス。


 それ以降、どちらからともなく俺らは唇を重ねたりしていた。

 ただ、先日、魔が差したのか、一度俺からディープキスが聞いて呆れるほどの濃厚なものを真白にしてしまった。


 まさか、アイスを奪われた上に、こんな羞恥心を煽られる精神的ダメージまで受けるとは、真白もなかなかやるようになったな。


 こうなったら……。


「どうしたんですか? いきなり私のアイスを飲み干して」

「おみゃに……おちおき……するだめ……だ」


 口の中であずきを咀嚼しながら、返事をすると、うまく発音が出来ないことが分かった。

 

「お仕置……ですか?」


 でも、真白にちゃんと伝わっているようでほっとする。

 

 お仕置って言われて、真白はなぜか嬉しそうに困った顔をする。

 自分の彼女の性癖にとやかく言うつもりはないが、少しは隠して欲しい。


「えっ?」


 真白が俯いてもじもじしている隙に、そっと彼女の口に、自分のそれを被せると、彼女から驚いた声が漏れた。


「……なにしてるんですか?」


 しばらく唇を合わせたあと、真白を解放すると、彼女は恥ずかしそうに囁いてくる。


「自分のアイスをちゃんと食べ切ってもらうためだよ」


 自分からしといてなんだが、俺も正直平常心ではいられないほどどきどきしている。


 アイスとか正直どうでもいい。

 真白にキスしたい。


 だから、こんな口実を作った。


 俺の返事を聞くと、真白は胡乱うろんげな表情を浮かべていた。

 しばらくして可愛らしい声が彼女のほうから聞こえてくる。


「凪くんの……ばか」


―――――――――――――――――――――

ファーストキスの話はいつか書きます!

書籍化したらそのエピソードをちゃんと入れます!

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