第25話 君は普通の女の子になれたよ
「さて、ましろきゅんから質問させて頂きたいと思います〜」
「は、はい……ましろきゅんです……よ、よろしくお願いします! 三宮さん」
「そこは他人のふりしてくださいな〜」
そんなやり取りに、体育館が笑い声に包まれた。
普段無表情な人形姫が、緊張した
「はい……頑張ります……」
「頑張って他人のふりをされても、それはそれで傷つきますね〜」
そんな三宮の返しに、人形姫はさらに頬を赤らめる。
「では、まず、『お互いの好きなところを告白しよう』コーナーに行きましょう! ましろきゅん〜」
「は、はい!」
「なぎたんの好きなところを教えてください〜」
そんな呼び方は辞めろ!! と叫びたくなったのをぐっと堪えて、俺は人形姫の様子を見守っていた。
この場の雰囲気を壊してしまうのは、俺の目的を達成する邪魔にしかならない。
「東雲くんは……その、すごく安心感があります」
「ほほぅ、それは一体どういうことなんだい?」
「ほほぅ」が口癖になりつつある楽々浦が、審査員のくせして、ちょくちょくちょっかいを出してくる。
両肘を審査員席の前にあるテーブルについて、やかましい癖にしなやかで細い手首を曲げて折り畳んでいる彼女はどこぞの美人面接官のようだ。
「東雲くんは優しいです」
さっきまでと打って変わって、人形姫は力強く言葉を放った。そして、みんなの見てる前で、一文字一文字丁寧に続ける。
「私が電車で乗り過ごした時に、起こさず肩を貸してくれて、辛いことがあるときはそばにいてくれて、一緒にアイス食べてくれて、夜散歩したりして……若干、ううん、すごくいじわるで口も悪いけど、それが照れ隠しだって私には分かるの……それが東雲くんのいいところなんだって」
ややざわついていた会場は人形姫の言葉でしーんと静まり返った。
多くの人は、俺と人形姫は楽々浦の圧力で、ネタ枠として『ベーカー』にエントリーしていると思っていた分、彼女の率直で切実な言葉に、自分らの勘違いを思い知らされたのだろう。
「え、えっと……良かったですね〜。なぎたん」
「……そうだね」
三宮も豆鉄砲を食らった鳩のように、少し
三宮に『なぎたん』と呼ばれるくすぐったさと気恥しさに耐えながら、俺は必死に言葉を滲ませた。
「それでは、なぎたん、ましろきゅんの
水を向けられて、今度は俺が思いの丈を告白する番だ。
「最初はビッチだと思った」
「私まだビッチだと思われてるんですか!?」
「今は大丈夫だ、安心しろ」
とりあえず人形姫を
「髪からはいつも、フローラルの香りがして、体からは最初はミルクだと思っていたシフォンケーキの匂いがする。それだけ、彼女のことを少しずつだけど、ちゃんと知ることが出来た気がした」
人形姫の目に涙が少し浮かんできたが、敢えて気づかないふりをする。
「寂しがり屋で、甘えん坊で、でも、ちゃんと自分の世界を持っていて、彼女がふと語ってくれたことに心を奪われたことがたくさんあった。一緒にアイスを食べるだけで子供みたいにはしゃいで、かと思ったら、暗い表情を浮かべる。俺の触れてほしくない部分には踏み込んでこないで、でも、ちゃんとほかの方法で元気付けようとしてくる。健気で、あどけなくて、それでいて、ほんとは表情豊かで、よく笑う女の子なんだって。だから、彼女は『人形姫』と呼ばれるのにふさわしくない存在なんじゃないかなって、俺はそう思うんだ」
俺が言い終わると、人形姫はきょとんとした顔で俺を見つめている。どうやら俺の言おうとしていることを理解出来ていない様子らしい。
ここまで話したら、観客はみんな分かってしまったのだろう。彼らの知らないところで、俺は人形姫と交流があって、彼女のことをいっぱい知ることができたって。
「え、え、え、え、えっと……ありがとうございました」
三宮さんの間延びな口調が取れたほどには、俺の言葉に驚いたようだ。
「では、『相手に伝えたい一言』のコーナーに行きましょう〜」
だが、それも次の瞬間に復活してしまった。
「まずはましろきゅんから〜」
話を振られて、人形姫は意を決したように、言葉を
「実は、私と東雲くんは恋人ではありません……」
そのカミングアウトに会場から息を呑む音が聞こえてくる。
「私の片思いです……」
会場の反応に気づかないくらい人形姫は自分の世界に入ってしまった。
「東雲くんは、優しく抱きしめてくれるけど、絶対に『好き』って言ってくれません……約束をしても、それは恋人としてではないのは薄々気づいています……手を繋いでも、それ以上のことはしてこない……でも、からかわれて、いじわるされて、それで心が動かされた自分がいる……いつの間にか、私も東雲くんをからかうことが出来るようになって、それがすごく嬉しくて、東雲くんの反応が可愛くて、ついついいじめたくなってしまいました。私は毎日、東雲くんへの気持ちが更新されていく……もっともっと一緒にいたいって思ってしまう……だから―――」
人形姫はここで一旦区切ってから、最後の言葉を口にする。
「―――東雲くんが好きです」
そして、今朝みんなの前で、俺を見つけた時に
それは少し寂しくも感じられた……。
でも、俺の目的はこれで達せられた。人形姫はもう無表情で無機質な人形ではなく、誰の前でも魅力的すぎる笑顔を浮かべられる普通の女の子ということを学校のみんなにも知らせることができた。
だから、『人形姫』は今日で卒業だ。
今まで感じていた、でも認めたくなかった感情が俺を襲う。
でも、もう認めざるを得ない。俺は栗花落のことを
栗花落の気持ちは分かっていた。気づかないふりをして、愛しいとさえ思わなければ、俺は彼女とこれからもずっと一緒にいられただろう。
でも、彼女から離れたくないほど、栗花落のことを愛しいと思ってしまった。
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