第24話 『ベーカー』開幕

「『ベーカー』に参加するカップルは体育館に集合してください」


 校内アナウンスが流れて、古坂高校文化祭の最大のイベントである『ベーカー』が始まろうとしている。


 正直驚いた。今回のアナウンスを流したのは楽々浦じゃないなんて、世にも奇妙な物語である。まあ、あいつにも体力の限界ってもんがあるのだろう。

 俺としては助かったという気持ちだ。


 たこ焼き、フランクフルト、ベビーカステラなどの食べ物を歩き食いして、お化け屋敷やメイド喫茶などを人形姫と回った。

 メイド喫茶の席に座ったあと、人形姫はずっとジト目を向けてきたが、気づいていないことにした。俺は別にいやらしいことなんて考えていないし、堂々としたほうがかえって後ろめたい気持ちがないことを証明できるから。


 注文したオムライスに、メイドさんがケチャップで文字を書いてたら、「私の方が美味く作れるもん……」なんて可愛らしい人形姫の呟きが聞こえてきた。

 そんなオムライスを親の仇のように、スプーンで徹底的に破壊して、口に運んでいく人形姫に微笑ましさと若干の恐怖を覚えながら、二人して少し早めの晩御飯を平らげた。


 そうこうしているうちに、6時を過ぎた頃、日がすっかり暮れてしまい、漆黒だけを大地に残した。

 11月中旬では、これが当たり前のように思える。だんだん日が暮れるのが早くなって、夜の訪れは夏より前倒しになる。


 狙ってか、『ベーカー』はこの日が暮れた時間帯に行われることになっている。

 人は夕方の際に、一目惚れしやすいという。それは薄暗いものを見ようとして、瞳孔が大きくなっているのを、見る人からしたら、自分に惚れているんだと感じられるからだそうだ。

 人間には返報性という性質があり、人に惚れられたと思うと、今度は逆に自分から相手に好意を抱いてしまう。


 だから、例年、夜のとばりに包まれながら行われる『ベーカー』はすごい盛り上がりを見せ、参加したカップルはその後永遠の愛を誓うとか、まことしやかに語り継がれてきた。

 確かに、真っ暗の中、薄い照明に照らされた舞台の上で、相手と自分が恋人なんだと強く意識したら、それだけで相手を特別な存在だと認識してしまうだろう。




「え?」


 体育館に入って、案内された舞台裏に着いた瞬間、気づいたら、口から声が漏れていた。


 なぜなら、審査員と書かれた席に、楽々浦が座っていた。そして、舞台の上にマイクを握り、司会と進行を務めているのは三宮だ。

 希望が絶望に転換したこの時、俺は軽く頭痛を覚えて、手でこめかみを抑えた。校内のアナウンスを他の人に任せたのはこのためだったのか……。


 もう好きにしろ……。




 脇幕わきまくによって隠された舞台裏で、ほかの出場するカップルたちと一緒に控えて、現在舞台に立っている大人しそうなカップルの二人を眺める。

 いかにも初々しそうな二人に三宮は間延びした口調で質問を吹っかける。


「では、彼氏さんの好きなところを教えてください〜」

「そ、その……誠実なところ……です」


 その初々しさに当てられて、正直目を逸らしたくなる共感性羞恥を覚えた。


「それはつまり浮気されないだろうということでしょうか〜」

「え、あっ、はい……彼は浮気しないと思います」


 いかにも付き合いたてのほやほやカップルに、愛の裏側に触れるような質問を無遠慮にぶつけて、三宮は満足そうな顔を浮かべる。

 それと対照的に、言及された彼氏さんは気恥しさのあまりに、顔が上気していた。


「ほほぅ、その確信はどこから来たんだい?」


 さらに、審査員である楽々浦の容赦ない追及に、彼女さんまでたじたじしていた。

 楽々浦と三宮がこの学校に入学した時点で、彼らにとっては運の尽きなのだろう。ちなみに、『ベーカー』に参加したカップルはその後永遠の愛を誓うというジンクスの終わりでもある。


「えっと、か、確信ではないが……彼なら、私をちゃんと愛してくれると……思います」


 聞いてるこっちも、彼氏さんも赤面するようなセリフを彼女さんが顔を真っ赤にしながら言ってのけた。

 それだけで、このカップルをグランプリにしたいと思ってしまった自分がいる。同情による贔屓ひいきが大半を占めるが。


 彼氏さんや、この健気な少女のために、絶対一生浮気するなよ……。


 人形姫はそんなカップルのやり取りを見て、俺の袖を軽く掴んだ。

 恋人ではない俺たちが、恋人のフリをして、こんなコンテストに参加するのは、ほんとにいいのだろうか。


 そう思ったが、『いいよ』って人形姫に言ったのは俺だ。今更彼女の期待を裏切りたくない。

 その上、このコンテストの趣旨とは違うけど、俺には俺の目的がある。ここは都合よく利用させてもらう。



「続いて、エントリーナンバー7、ましろきゅんとなぎたん、どうぞ上がってください〜」

「誰だ!? こんなふざけた名前でエントリーしたのは!?」

われ以外になかろうが!!」


 急に聞きなれない呼び方で呼ばれて、思わず叫んだら、真犯人は名探偵など必要ないと言わんばかりに名乗りを上げた。

 うん、そうだと思った。お前はいつも俺の期待を裏切らないよ、楽々浦……。


 このやり取りでさらに盛り上がった空気の中で、俺は人形姫の手を引いて、舞台の中央まで歩き出した。


「大丈夫ですか? 東雲くん」


 不安げで消え入りそうな声でたずねねてきた人形姫に、俺はそっと前から思っていたことを返す。


「うん、大丈夫……だから栗花落はここで、一番輝いてね」


 こうして、運命の時がやってきた。

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