第21話 文化祭、始まる

「いよいよ第29回古坂高校文化祭が始まりますね〜!!」


 教室のスピーカーから耳をつんざくような楽々浦の声が聞こえてきて、我が校―――古坂高校の文化祭は始まりを告げた。


 てか、スポーツ試合の実況じゃないんだから……誰に共感を求めてるのやら。

 もっと高校生の文化祭にふさわしい言い方はないのだろうか。


 文化祭実行委員でもない楽々浦が文化祭の開幕を宣言することに、今更驚きも呆れもない。

 やつはただの現象だと思うことにした。いわば天災や災厄の類いである。


「あっ、東雲くん〜、動いちゃやん〜」


 間延びした口調が特徴の三宮が、俺の顔をまじまじと見つめながら、化粧水やらファンデーションやらを塗りたくる。


「はあ……なんで男の俺まで化粧しないといけないんだよ……あとその若干やらしい言い方やめてくれない?」

「発情はジュリエットだけにしてくださいね〜」


 この瞬間、俺の中では、三宮は楽々浦と並んでヤバいやつのレッテルが貼られた。


「……発情なんかしてない」

「ええ〜、もしかしてE〇なの? 若いのに、可哀想ね〜」

「そういうのは実際に見てから言ってくれる!?」

「あらまぁ〜」

 

 俺の叫びに、教室にいるクラスメイトたちの視線は一斉に俺と三宮に集まってきてはっとする。

 恥ずかしさが込み上げてきて、思わず俯いてしまった。今なら俺の顔は茹でダコという表現が誰よりもしっくりくるのではないだろうか。


「セクハラはやめてね〜」

「痴女が言うセリフではないぞ!!」


 「うふふ」と笑いながら、三宮はびしばしと俺の顔を仕上げていく。

 完成した際に渡された鏡を見て、だれ? と素朴に思ったのである。


「馬子にも衣装ね〜」

「レベル高いディスりはやめろ!!」


 鏡の中にある人物は活気溢れる爽やかな人物だった。

 三宮がそんなこと口走りたくなるくらい、化粧前の俺とは雲泥の差がある。


 ――東雲くんって―――目が死んでいる、いつも眠たげで無気力、中身が空っぽのように見えるところを除けば、普通にイケメンだよね!


 楽々浦の言葉を思い出して、思わず苦笑する。

 ほんと、俺っていつも目が死んでいるんだよね……。


「それじゃ、行ってらっしゃい〜」


 三宮に送り出されて、俺は教室を出ていった。




 校舎を出ると、赤がメインのいろどり鮮やかなバルーンが風に乗って大空たいくうへと旅立っていく。

 それはバルーンアート展示会を出し物にしたクラスの演出だと、文化祭のパンフレットに書いてあった。


 俺はロミオの衣装を着せられ、すでに着替えとメイクが終わった人形姫のところへと合流する。

 一応、俺と人形姫は演劇が始まる前の宣伝も兼ねている。


 にやにやした顔の三宮に握らされたプラスチック製の短剣を見て、思わずため息がこぼれる。


「……いつでもどうぞって意味なのかな?」


 最後のシーンに使われるであろうロミオが自害するための短剣を持たされて、それ以外の意味が思いつかず、らしくもなく独りごちる。

 

 ロミオの扱いはこれでいいのか!? 短剣持たないとロミオだとは認識されないのか!?

 俺がここでこの短剣を使ったら、演劇が台無しになるぞ!!


 寒空の下で、衆人の前にコスプレをさせられて、客寄せパンダみたいな仕事をやれって言われたら、内心で悪態をついても仕方がないのではないか。


 在校生の兄弟姉妹や保護者はもちろんのこと、古坂高校文化祭は地域向けのイベントでもあるから、卒業生に加え、色んなところから来訪者がいる。

 こんな大勢の人の前で、俺はほんとに人形姫と『ベストカップル大会と命名したいけど、これじゃ安直すぎるから花の高校生には似合わないと思うので、キラキラ☆恋人の聖地コンテストとノリで言っちゃったけど、聖地とか関係ないわ―――シンプルに最高の恋人コンテストと呼ぶわ』に出るのかと考えたら、気が気ではなくなってきた。


 思考の中でも、『ベーカー』をフルネームで呼んでる時点で、俺はこの数日間楽々浦に毒されてきたことをつくづく思い知らされた。

 俺と人形姫に『ベーカー』の打ち合わせをする時はいつも『ベーカー』をフルネームで言うから、正直打ち合わせの内容の半分も頭に入ってこなかった。


「東雲くん!」


 そんなこと考えていると、すでに人形姫が立っている場所にたどり着いた。

 俺を見つけたや否や、ひまわりのような笑顔を顔に、興奮気味に呼びかけてくる。


 そんな人形姫の姿を見て、胸がじーんと熱くなった。今の彼女はどこにでもいるような普通の女の子のように、楽しそうに笑っている。

 それは俺にとって、すごく、すごく心が満たされる光景だった。


 彼女は今、藤色のドレスを身にまとっていて、腰のところは黄ばみの入った白―――胡粉色ごふんいろのコルセットが巻き付けられている。スカートの下にはバニエが装着されていて、裾がいい感じに膨らんでいる。

 見慣れた彼女の体のラインは、より洗練され、艶めかしさを放っていて、その姿はまさに姫様のように高貴で優雅だった。


 もちろん、そんな彼女を男子たちは放っておくわけもなく、人形姫を取り囲むように、人集ひとだかりが出来ている。


「ああ、お待たせ」


 短剣を高く掲げて、やれやれと揺らして彼女に返事する。

 人集りから「ロミオもいい感じじゃん!」という俺への賞賛なのか、三宮のメイク技術への賞賛なのか分からない賛美の声が上がって、より気恥ずかしくなる。


 だが、それも次の瞬間、人形姫の言葉によってかき消された。


「待て! ロミオ! まだ自害しないで!!」

「だから、死ぬ前提で語るな!! 生きてるロミオにもちゃんと価値があるんだよ!!」


 ほんと、ロミオを一体何だと思ってるんだ……。

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