第22話 最高の舞台
「続いて、1年C組の演劇―――『ロミオとジュリエット』が始まります」
「「「わーい!」」」
「なんてこんな何の起伏もなく
司会である楽々浦による我がクラスの出し物―――『ロミオとジュリエット』のオープニング挨拶が終わると、体育館はまたもや熱気に包まれた。
それはこれから登場するジュリエットへの期待なのか、それとも楽々浦のふざけたセリフに対する
もうつっこまない。つっこまないぞ。
楽々浦が体育館に行われるステージイベントの司会をも務めていることを、俺はもうつっこまない。
もう疲れた……なんでみんなは楽々浦のノリについていけるのか、俺には到底理解できない。それはなぜアインシュタインが相対性理論を確立出来たのかと、同じレベルで解明できない謎だ。
スポットライトが点灯され、人形姫は舞台中央に
体育館の人の息を呑む音が、期せずして統率されたような交響曲を織り成す。
ここから覗ける観客の視線は、人形姫に奪われ、誰もが彼女から目をそらすことが出来なかった。
彼女はゆっくり歩き出し、ジュリエットのセリフを口にする……。
俺は床に膝をついて、人形姫を抱きかかえた。目から溢れた
「ジュリエット!! なんで俺を一人にしたんだ!? お前のいないこの世界で、俺はどうやって生きていけばいい!? どうやって泣かずに生きることができるのだ!!」
俺はプラスチック製の短剣を掲げて、自分の喉笛目掛けて刺そうとした瞬間―――
「ストップ!! ロミオ、お前は間違っているのだ。お前は毒を飲んで死ぬはずなのだぞ。原作を尊重しろ!!」
―――『ロミオとジュリエット』のナレーションも務めている楽々浦の呼びかけに、つい困惑して固まってしまった。
「ロミオに毒を持っていきなさい」
そして、何故か村娘の格好をした三宮がゆっくりと向こう側の舞台裏から歩み出て、俺のそばまでやってきた。
「どうぞ、毒薬よ〜」
相変わらず間延びした口調で、手に持っている液体の入っている小瓶を俺に手渡す。
「何してるの……?」
俺は『ロミオとジュリエット』の原作に詳しくないが、渡された台本通りに短剣で自害しようとしているはずだ。
今は夢でも見ているのかという感覚に
もしかして、本番の前に緊張しすぎて、舞台に立っている夢でも見ているのだろうか……。それならこんな悪夢から一刻も早く目覚めたいものだ。
「大丈夫よ〜、中に入ってるのはただのポ〇リだから〜」
「差し入れみたいに毒薬を手渡そうとするな!!」
もはや現実なのか夢なのか分からず、アドリブと言ってもいいほど、台本にないことを口走る。
「ロミオ、一つ大事なことを教えてやろう」
驚き固まっている俺をよそに、楽々浦はナレーションの分際で、まるで天の声みたいに俺に語りかける。
「ジュリエットが飲んだ薬は、ただの仮死状態にするだけのものなのだ!!」
「ロミオが知ってはいけない真相だろうが!!」
練習の時の俺と楽々浦の会話を、今度は立場が逆転した状態で再現された。
まさか、楽々浦が言ったことを、自分が口にする日が来るとは、世も末だ。
「さあ、待つがいい!! ジュリエットがそれを飲んだのは5分前だから、あと41時間55分もすれば、ジュリエットが目覚めるぞ」
「文化祭が終わってしまうわ!!」
まさかこんな茶番をするために、楽々浦は敢えてジュリエット役を人形姫に譲ったのではないだろうか。そんな疑念が脳裏を
これじゃ、誰が主役か分からなくなってしまう。幸か不幸か、観客達から盛大に笑い声が上がったのはせめての救いだった。
「さすがロミオ!! 私の見込んだ男だ!! こんなピンチでもお前なら切り抜けられると思ったのだ!!」
「ピンチ作った本人が言うなーー!!」
まさかとは思うが、楽々浦は最初からこの展開を仕組んでいたのではないだろうか。
どうやら、これは俺のアドリブを織り込み済みの芝居らしい。
「なら進行都合上、41時間55分経ったことにしよう」
世界観ぶち壊しのことを言いながら、楽々浦は「にゃはははは」と高らかに笑った。
楽々浦の声に合わせて、人形姫はゆっくりと目を開けて、俺を見つめる。
「ロミオ! 私は死んでないわ! だから自害しないで!!」
「だから、ロミオが死ぬ前提で話を進めるな!!」
俺がそう叫んだとたん―――
「お前がそう言うだろうと思って、ジュリエットが仮死状態にすぎないことを教えたのだよ、ロミオくん」
「親切すぎるだろう!!」
疲れたせいか、楽々浦の声は慈しみ溢れる女神からのものだと思えてきた。
多分、洗脳というのはこういうことを言うのだろう。
「では、ジュリエットも起きたことだし、ロミオ、キスしなさい」
「大丈夫よ、ロミオ。私、歯はちゃんと磨いてきたわー」
「そこは心配してないよ!!」
楽々浦の指示に、人形姫がとどめを刺してくる。こうなったらやけだ。
「え?」
戸惑う人形姫の肩を抱き寄せ、俺は彼女の
舞台の終わりに拍手を惜しまぬ観客に見守られながら、俺は人形姫から離れた。彼女は頬が
この時、俺は少しだけ楽々浦に感謝した。彼女だからこそ、この悲劇をハッピーエンドに変えることが出来たのだろう。
もし神様も、楽々浦のように不幸をすべてかき消してくれていたら、俺は泣かずに済んだのかもしれない……。
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