第15話 人形姫の要望
「ロミオとジュリエットに立候補したい人!」
「「「はい!」」」
「なんて旧時代の遺物である民主主義のようなやり方は、あたしは取らない!!」
さっきと同じようなやり取りを繰り返して、革命家さながらの演説めいた口調で楽々浦は周囲を一瞥する。
民主主義はまだ生きてるよ……勝手に殺さないであげて……。
お前は一体どこへ向かおうとしてるのか……ほんとに狂ってる、終わってる、狂気じみている。
そんな俺の内心の悲哀を知らずに、楽々浦は続ける。
「歴史は常に優秀な独裁者によって切り開かれてきたのだ!!」
そこに関しては、俺も同意見だ。一人の天才によって、歴史がターニングポイントを迎えることは多々ある。ナポレオンもしかり、織田信長もしかり。
ただ、それは少なくとも今、文化祭についてのHRで演説する内容ではない……楽々浦はこの文化祭で歴史を動かすつもりなんだろうか。
「ゆえに、ジュリエット役はあたし―――」
そう言いかけて、クラス中に息を飲む声があちこちから聞こえてくる。
「―――が認めた、栗花落真白さんにやってもらいたい!!」
楽々浦の言葉が終わるやいなや、クラスメイト達の目は一斉に人形姫に注がれた。
「え?」と少し慌てる人形姫をよそ目に、楽々浦はロミオ役を佐藤くんに任命した。
「あの……」
「どうしたの? 栗花落さん」
おずおずと手を挙げた人形姫に、楽々浦は優しげに声をかける。
「ロミオになってもらいたい人がいる……というかその人じゃないとジュリエット役は辞退します」
人形姫の言葉に、クラスは静まり返った。しばらくすると阿鼻叫喚まではいかなくても、それなりの悲鳴は男子から漏れ出して、女子は黄色い声をあげた。
人形姫の行動に、俺も少なからず驚いた。学校ではほぼ自己主張したことのない彼女が、誰かに自分の考えをはっきり述べるなど、一ヶ月前なら俺にも想像できなかっただろう。
「ほほぅ……それは誰なんだい?」
アニメに登場してくる怪しげな色っぽい女性のようなセリフを言いながら、楽々浦はゆっくりと人形姫に近づいていく。
「し、東雲くん……です」
少し俯いて涙目になっている人形姫に、男子達のみならず、女子達さえ感嘆の息を漏らしていた。
そして、当事者の俺はと言うと、鳩が豆鉄砲を喰らったかのように、頭を抱えていた。
人形姫に見蕩れていたクラスメイト達は、やがて視線を俺へと注ぐ。
「東雲くんか……悪くないね」
踵を返し、俺の方へと向かってくる楽々浦は意味深に呟く。
頬を上気させて、興奮気味に楽々浦が俺を吟味するように見つめていた。
相手が楽々浦でなければ、気恥しさを覚えるほどの情熱に溢れる視線だ。
「東雲くんって―――目が死んでいる、いつも眠たげで無気力、中身が空っぽのように見えるところを除けば、普通にイケメンだよね!」
「それって褒めてるのか!?」
イケメンって言われてこんなに嬉しくないのは初めてだ。
やさぐれ気味に言うと、楽々浦は「にししっ」と笑って教壇の方に戻っていく。
「人形姫が東雲を指名したんだー」
「あの二人はどういう関係なの?」
「まさか付き合ってるとか?」
「東雲くんは確かに目ぇ死んでるけど、イケメンよね……」
ヒソヒソとクラス内を飛び交う囁きがしばらく続いていた。
「これなら、『ベストカップル大会と命名したいけど、これじゃ安直すぎるから花の高校生には似合わないと思うので、キラキラ☆恋人の聖地コンテストとノリで言っちゃったけど、聖地とか関係ないわ―――シンプルに最高の恋人コンテストと呼ぶわ』略して『ベーカー』に栗花落さんと東雲くんに出てもらおうと思う!」
演劇の配役や裏方の役割を一通り決めたあと、楽々浦はまたもや独裁者のように俺と人形姫の人権を無視した重要事項を決定した。
いつも通り、楽々浦がふざけているのかと思われるかもしれないが、こればかりは本当に由緒ある古坂高校の文化祭における恋人達の盛典の正式な名前である。
俺も詳しいことは知らないが、長いタイトルが流行っていた当時の生徒会長は遊び心満載で付けた名前だそうで、実にアニメ化されたら声優さんに怒られるランキング一位に君臨しそうな名前だ。
今は『ベーカー』と略されていて、フルネームを知る人は少ないが、楽々浦らしいといえば楽々浦らしく、彼女は淀み一つなく『ベーカー』のフルネームを言い切ってみせた。
俺と人形姫がそんな大会に出ることに対して様々な感情を抱いているクラスメイト達も、「まあ、既にロミオとジュリエットだしね」と勝手に納得して、HRは終わりを告げる。
昼休みに、ブルブルと携帯のバイブレーションが鳴ったので、ポケットからそっと取り出し、机の下で画面を見てみると、人形姫からRINEのメッセージがあった。
さすがにHRのこともあって、直接話しづらいから、彼女はこうして携帯で連絡してきたのだろう。
◇
ましろ:
東雲くん、どうしよう……ほんとに私たちで、『ベストカップル大会と命名したいけど、これじゃ安直すぎるから花の高校生には似合わないと思うので、キラキラ☆恋人の聖地コンテストとノリで言っちゃったけど、聖地とか関係ないわ―――シンプルに最高の恋人コンテストと呼ぶわ』に出てもいいですか……?
◇
人形姫のメッセージを見て、軽く頭痛を覚えた。
◇
東雲凪:
長いわ!!
てか字打つの早すぎ!! 律儀にフルネーム打たなくていいから!!
◇
と、心の中でやっていたツッコミを返信する。
まだ昼休みを知らせるチャイムが鳴ってから一分も経っていないのに、こんな長文(中身はスカスカで、『ベーカー』のフルネームがほぼ内容の八割を占めている)を送られたら、現役女子高生のフリック入力の速さを実感せざるを得ない。
それはそれとして、人形姫が真面目に『ベーカー』のフルネームを入力しているところを想像すると、可笑しくて、微笑ましい気持ちになる。
しばらくすると人形姫から返信が来て。
◇
ましろ:
答えになってません!!
◇
と、シンプルに少し不満げな文章だった。
少しため息をついて、携帯の画面をなぞる。
◇
東雲凪:
いいよ
◇
人形姫のほうを見てみると、彼女もこっちを見ていて、少し見つめ合ってから、控えめなひまわりのような笑顔を浮かべた。
少しドキッとして、誰かに見られてないかと周りをキョロキョロしていたら、再び携帯のバイブレーションが鳴った。
◇
ましろ:
教室に不審者がいます( > < )
◇
誰のせいや、と思わず苦笑してしまった。
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