『波乱の文化祭』編

第14話 文化祭の出し物

 11月に入り、寒さは本格的なものになりつつある。いつもならゆっくり『コ』の字の中央の校庭を友達や恋人と談笑しながら歩いて登校する生徒も、今はそそくさと足早に昇降口に向かう。


 教室の真ん中には人形姫がいて、それを眺められる窓際の後ろの席に俺は座っている。

 人形姫と添い寝するようになって一ヶ月ほどが経ち、俺と彼女は顔見知りのクラスメイトから、お互いの体温を預け合う存在になった。


 人形姫は相変わらず学校では無表情で、女の子の友達に話しかけられても返事はするが、人形のように無機質で作り物めいた雰囲気は変わらなかった。

 ただ、唯一変わったことといえば、彼女は自分から周りの人に話しかけるようになった。


 土日になると、限って人形姫は『親は今日帰ってこない』と俺を泊まらせる。

 平日の放課後、駅で待ち合わせして、彼女の家に向かう。昼寝の時間帯に添い寝して、夕方は人形姫の料理を頂いて自宅へ戻る。

 金曜日は人形姫の家に泊まって、土曜日はお出かけしたり彼女の家でまったりしていた。たまに日曜日もそのまま人形姫にお世話になり、月曜日に学校の最寄り駅まで一緒に登校してから、別れて別々に校舎に向かう。

 おかげで、人形姫の部屋に、俺の私物、主に着替えがどんどん増えていった。


 危惧していた一色先輩は、あれから何もしてこなかった。というか一年生の廊下に姿を見せなくなった。


「それでは、文化祭の出し物を決めたいと思いまーーーす!!」

「「「わーーーーーーい」」」


 楽々浦ささうら小夏こなつの合図に、教室が沸いた。


 楽々浦の見た目は美少女と言ってもよく、背中までの黒髪は、パステルカラーのシャルトルーズイエローのシュシュでポニテールにまとめられていて、シースルーバングの前髪が透明感を漂わせる。

 特筆すべきは、彼女のややつり目がちの茶色い瞳である。目元が少しつり上がっているにもかかわらず、きつい印象はなく、どこか人懐っこそうなイメージを持たせてくれる。

 いつも楽しげに良からぬことを企んでは「にししっ」やら「わははっ」やらの笑い声を上げて、陽気な笑顔を炸裂させている。


 彼女は一言でいうと、騒々しい、うるさい、声がでかい、ノリがついていけない……一言じゃなかった。

 クラスのムードメーカーで、委員長でもないのに、文化祭の出し物を決めるHRを我が物顔で支配していた。


 中間試験が終わったこの時期は、うちの高校――古坂高校の文化祭の季節である。

 憂鬱なテスト期間を終えて、やっとの思いで迎えられた文化祭は、クラス一同心が踊った。

 この時期なら寒すぎず、入学してしばらく経つから一年生も学校に馴染んで楽しめるという学校側の意図があるらしい。


「いい案持ってる人!!」

「「「はーい」」」


 彼女がそう聞くと、クラスメイトが何人か手を挙げて―――


「なんて積極性に丸投げして、手を挙げる勇気のない少数派が損をするやり方は、あたしはしない!! ここは独断と偏見で、あたしが指名しまーーーす!!」


 ―――ばっさり彼女のよく分からぬノリで切られてしまう。


「そこの君!! 東雲凪くん!!」


 楽々浦は右手を真っ直ぐに伸ばして、人差し指で俺を指さして、元気すぎる声で呼びかけてくる。

 俺が彼女のいわゆる『手を挙げる勇気のない少数派』ということだろう。ほんと、衆人の前で声を出すのをはばかる俺からしたら、迷惑もいいところだ……。


「文化祭の出し物はなんだ!!」

「……メイド喫茶とか?」


 もはや、案を求めるより、日本の文化祭の出し物についてなにがあるか述べなさいというような口調で、楽々浦は邪悪な笑みを浮かべながら聞いてきた。

 俺へのクラスメイトの注目を一刻も早く終わらせたくて、無難なことを口にする。


「にゃははははっ―――不正解っ!!」

「クイズかよ!?」


 バラエティ番組のようなノリでキッパリと宣言されて、思わずツッコミを入れてしまってハッとする。

 悪目立ちしてしまったかもしれないという考えが脳裏を過ぎって、ついつい人形姫との会話で培わされてきたツッコミ力を恨んでしまった。


 ただ、予想と違って、それが案外ウケたみたいで、クラスから笑い声が湧き上がった。


「はい、次!!」


 指をさされて、さぶろうくんは立ち上がる。


 名前を覚えていないので、呼ばれたやつを暫定『さぶろう』と呼ぶことにした。男子生徒という表現は、クラスメイトに使うには少しよそよそしいから、今日から彼に『さぶろう』として生きてもらうことにした。


「お化け屋敷でございましょうか! 大佐!」

「黙れ!! 少将と呼べ!!」


 さぶろうくんは楽々浦のノリについていけるらしく、二人の会話で教室の熱気のボルテージが二段階上がった気がする……。


「佐藤軍曹!! 貴殿の意見は!?」

「ははっ、まだ何も考えていないのであります!」

「くっ!! 使えないやつ……お前は今日から二等兵だっ!!」

「えーー!」


 正直ついていけない。普段陽キャでもないやつらがここまではちゃけられたのは、ある意味楽々浦のカリスマ性あってのことだろう。


「というわけで、あたしが出し物を決める!!」


 源頼朝もたまげるほどの暴君ぶり……。

 二等兵に降格させられた佐藤はしょんぼりと椅子に座り直すと、楽々浦はそう宣言してのけた。


「うちのクラスの出し物はずばり―――演劇だ!!」


 ずばりもなにも、クイズではないのだから……。


「あの、楽々浦少将〜」


 一人の女の子が間延びした口調で楽々浦に話しかける。


「なんでしょう? 三宮みつみやさん」


 うん、三宮さんね……もちろん覚えてる。


「演劇ってなにやるんですか〜?」

「実にいい質問ね……褒美を取らしたいけど、今月はあいにく金欠なんだ……」


 同級生に金渡そうとするなよ……。


 「金なら貸そうかー?」みたいな野次が飛んだが、楽々浦は意に介さず、言葉を続ける。


「くくくっ、演劇は文化祭四天王の中でも最弱……」


 どこかのラノベのタイトルを彷彿とさせることを口走りながら、楽々浦は邪悪な笑みを深める。


「だが、『ロミオとジュリエット』ならどんでん返しも狙えるでしょう!! ていうかあたしがやりたいー!」


 ……はっきり自分がやりたいって言っちゃったよ、楽々浦さん。

 民主主義という言葉を辞書で調べてこい。


「役者は立候補、推薦両方で決めるよ!」


 楽々浦さんがそう言ってから、教室はまた沸いた。

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