第12話 人形姫のアイス

「バニラでよかったのか?」

「はい。前から食べてみたかったのです」


 ソファーの前の机に置かれたバニラ味のカップアイスに、人形姫は目をキラキラさせながら嬉しそうに言った。


「バニラ味食べたことないの?」


 その言い方だと、バニラ味のアイスを食べたことがないのかなと勘ぐってしまう。

 もしかしていつも違う味のアイスを食べていたのかもしれない。


 だが、人形姫の返事は俺の予想の斜め上だった。


「……アイス自体あんまり食べたことがないので……」

「……そうか」


 嫌いなら、そもそも夜にコンビニに買いに行かないだろう。

 「嫌いなの?」という問いかけを飲み込んで、無難に相槌を打つ。


「美味しいぃ〜!」


 蓋を開けて、スプーンで中身を掬って口に運ぶと、人形姫は目を細めて嬉しさいっぱいの笑顔を浮かべた。

 大人びた綺麗な見た目からは想像もできなかったあどけない表情に不意をつかれて、少し胸がドギマギする。


「抹茶も美味しいよ」

「うぅっ……抹茶味も食べてみかったですぅ……」

「ほら」

「え?」


 さすがに夜にアイス二つも食べられないけど、一口なら大丈夫でしょう。

 そう考えて、スプーンで俺のアイスを一口大に掬って、人形姫の口元に持っていくと、彼女はなぜか目を見開いている。


「食べてみたいだろう?」

「う、うん」


 遠慮がちに俺のスプーンを口に含むと、ぱぁっと表情が明るくなった。

 気のせいだろうか、人形姫は少し頬を染めていた。


「美味しい?」

「……はい」

「遠慮することないのに」

「……そういうことじゃないんですけど」


 人形姫は呆れたようにジト目で俺を見てから、ため息混じりに呟いた。


 囚人服とはいえ、俺のためにパジャマまで買ってくれたのだから、アイスくらい遠慮することないのに……ちなみに、彼女のバニラ味のアイスも俺の奢りだ。


「……東雲くん」

「なんだ?」

「バニラ味も美味しいよ?」

「知ってる」


 普通にアイスは一通り食べてきたし、バニラと抹茶以外は季節限定のパンプキン味のちょっと贅沢なアイスも好き。そろそろ発売してるかなと思ったが、なかったので少ししょんぼりしていたのだが。

 逆に苦いものは苦手だから、チョコ味のアイスと言うか、チョコ全般はあまり食べない。ホワイトチョコは例外として。


「でも、でも、このアイスは特段に美味しいですよ?」

「うん、食べたことあるから知ってる」


 そう言うと、人形姫はなぜか慌て出してしまった。


「そ、その、今食べると今までと、ち、違う味わいが楽しめるかもですよ!」

「そんなに変わるものなのかな」


 ソファーに足までも載せて、手を付いて身を乗り出してくる人形姫は、ぷるぷると小刻みに震えていた。

 横座りみたいに足を投げ出して、前傾姿勢で俺に迫る人形姫はどこか鬼気迫るものがあった。


 それはそうと、ソファーに手をついてるから、胸の部分が寄せられて、ネグリジェの胸元から覗ける谷間ができあがり、俺は狼狽えてしまう。

 腰の部分は服越しでも分かるくらいくびれており、二の腕はまったく余分の肉がないくらい洗練されている。ソファーの上に投げ出されている足は太ももまで見えていて、真っ白で淀みひとつない。


「変わると思います!」

「そ、そうか」


 人形姫に圧倒されて、思わず頷いてしまった。 


 そしたら、人形姫はさっきまでの不安な表情からひまわりのような笑顔になり、アイスを再び手に取り、スプーンで掬った。

 そして、そのスプーンは真っ直ぐに俺の口までやってきて、ぽかーんと開いたままの俺の口内に侵入する。


「美味しくないですか……?」

「お……おいしい……と思う」


 さすがのこれには、俺でもしどろもどろになる。


「ねえ……これってさ」

「なにぃ?」

「間接キスにならないかな」

「……東雲くんの、ばか」


 俺を一瞥して、少し頬を膨らませる。顎の下のもふもふの毛のせいで、頬が大きく見える日本モモンガみたいで、言い表せないほどいじらしい。


 それはさておき、俺はなにかしたのかな……。


 そう考えながら、二人して無言でアイスを食べていた。


「アイスってこんなに美味しいものだとは思いませんでした……」

「普通に買って食えばよかったじゃない?」


 感慨深げに呟いた人形姫に、思わず普通に返事してしまった。


 人形姫はアイスをあんまり食べたことがない。もしかして、お嬢様だから、親にそういう食べ物を禁止されているのかもしれない。もしそうだとしたら、俺の発言はあまりにも無神経だった。

 でも、人形姫からまた俺の予想とは違う返事が帰ってきた。


「一人で食べたいとは思わないから……」


 瞳を伏せているせいで、人形姫の表情はよく分からない。


「私ね、本とか読むのが好きだったんだ……」


 突然人形姫から紡がれた言葉の意味が分からず、彼女のほうに視線をやって、続きを待った。


「でも、嫌いになった……絵本でも小説でも、全てがハッピーエンドとは限りません。怖い部分もたくさんあって、思い通りにならないところも……せめて幻想の中でも、みんな幸せになれたらいいなって思ってたのに、裏切られた気分になって……幻想の中でもままならないものですね……」


 ゆっくりで丁寧に、彼女は語った。

 

 確かに、俺もラノベはよく読むし、主人公はよくても、俺にはきついと思うヒロインの行動にいらいらしたこともあったから、人形姫の気持ちは分からなくもない。

 ただ、これは彼女が今までアイスを食べなかったこととどう結びつけたらいいのか分からない。


 ――一人で食べたいとは思わないから……。


 もしかして、『一人』というのは彼女のいう『ままならないもの』なのかもしれない。

 

 そう考えると胸が苦しくなる。どうも、俺は人形姫に弱いらしい。

 添い寝を持ちかけてきた時の痛ましげな顔も、今の俯いた表情の見えない弱々しい様子も、俺は壊したくなってしまう。


「確かに、創作物、幻想はままならないかもしれないけどさ……」

「うん?」


 俺が言おうとしてることが気になったのか、彼女は顔を上げて、水気を含んだ瞳で俺を見つめている。


「栗花落の現実はそうとは限らないだろう?」

「……それって?」

「俺は栗花落のことはよく知らないし、美人だから得してるなんて思ってもいない。偉そうに現実を語る立場にないし、自分のことなんてどうでもいいって思ってる……けど、栗花落の力にはなりたいんだ」

「東雲くん……」

「だから、俺に栗花落の現実がハッピーエンドになる手伝いをさせてくれないかな……」


 自分で言ってるのに、途中から恥ずかしくなって最後は消え入りそうな声量になっていた。でも、ちゃんと最後まで言わないとだめだって思った。


「……またアイス食べてもいいですか?」

「うん」

「東雲くんと」

「いいよ」

「……ありがとう」


 俺の言葉への直接な返事ではなかったが、彼女なりの承諾だというのはなんとなく分かった。

 一緒にアイス食べるだけでいいのなら、いくらでも付き合うよ……。


 それが俺が生きてる意味になるのなら……。


―――――――――――――――――――――

近況ノートにも書いてますが、この作品は40話前後で凪くんと栗花落さんの結末まで書く予定です。最終話で500☆超えたら、それを第一章にして、続きを書きたいなと思いますので、もしこの作品を気に入って頂けたら、是非評価頂ければ嬉しいです。

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