第11話 人形姫と夜の散歩

「結局アイス買いに行くんだ……」

「東雲くんが、アイスアイス言ってたから食べたくなってきたんじゃないですか!」


 ため息混じりに呟くと、人形姫はジト目を俺に向けていた。


「夜にアイスは、カロリーとか色々問題が……」

「それ以上は禁句ですよ?」


 ニコニコと俺を見つめている人形姫の目は凍りついてる。

 別にデリカシーがないわけじゃないが、の癖で、ついお兄ちゃん的なお節介を焼かずにはいられなかった。


「そもそも言い出しっぺは東雲くんですし」

「男はいいんだ、男は」

「それずるくないですか!? 女の子だけ我慢しないといけないなんて……」

「でも、女の子はオシャレとかできるじゃん? 服買いに行くときに、メンズのファッションが霞んでしまうくらいレディースの服の種類が多いし、軽く嫉妬を覚えたなあ」

「ふふっ、それは女の子の特権です! 東雲くんも今そのおこぼれを貰ってるんじゃないですか?」


 「はあ」とため息を吐いて、足元を見る。


 そこには、ピンクとグレー、さらにホワイトが入り交じっているチェック柄のふわふわとした生地で出来た靴下が映っている。

 男ならまず買わない類いのものである。そもそもレディースなので、買おうとも思わない。


「やっぱり自分の靴下履いてきちゃだめなのか……?」

「風呂入った後に、一日で汚れた靴下を履かせたくありませんので」


 心無しか、人形姫はどこか自慢げだった。


「それより女物の靴下を履くほうが俺にとって苦痛なんだけどね……」




 人形姫の膝枕を十分堪能したあと、身を起こすと、「アイス買いに行きましょう?」と人形姫が目をキラキラさせながら提案してきた。


 外出するために、洗濯カゴにある自分の靴下に手を伸ばしたら、ぺしっと人形姫に叩かれた。

 曰く、汚いから、私の靴下を履きなさいとのこと。


 それで一旦人形姫の部屋に戻ると、彼女はタンスから畳んでいる靴下を一足取り出してきた。

 拒絶しようとしたのだが、なんとなく人形姫から凄い圧を感じたので、無言を貫く羽目になった。


 秋の涼しい夜風に吹かれて、俺は制服姿、人形姫はネグリジェの上に、厚手の黒のカーディガンを羽織って、二人して近所のコンビニに向かう。

 街灯に照らされ、少し黄ばんだ木々の葉っぱが落ち着いた浅緑色に輝き、隣の川は虚像の星と月を映す。


「羨ましかったんじゃないですか……?」

「ばかか、お前は」


 こういうことじゃないんだよな……。


 レディースの服の種類が多いのが羨ましいのであって、決してレディースの服を着てみたかったわけではない。

 メンズのファッションっていえば、シャツ、コートがメインで、ショッピングモールでときたま目に入るフリルやレースいっぱいのレディースの服に、オシャレしたい年頃の男子は嫉妬を覚えるものではないだろうか。


 たとえば、ノースリーブだったり、袖がふっくらしたものだったり、胸開きが色っぽいものだったり、それに加えて、色もよりどりみどりで、パステルカラーもしっかり、落ち着いた暗めの色も、メンズではまず見られない。

 かといって、レディースの物を着たいかというと、そうじゃない。俺は変態じゃないので、そういう趣味はない。


「うぅぅ……またばかって言った……」

「お前が色々かわいい服を着てくれたらそれでいいんだよ」

「え……? それってどういう意味ですか?」

「自分で着られない分、綺麗な女の子が可愛い服着てるのを、見るのも満足するものだよ」

「そ、そうですか……?」

「うん、普通に見ていて満たされる」

「……」


 しばらく人形姫から返事がなかったから、彼女の方を見てみると、瞳を伏せて頬が真っ赤になっていた。

 横顔は街灯に照らされても白さを失われず、水気をまだ少し含んでいる栗色の髪は艶めかしかった。


 なにかおかしなことを言ったのだろうか? 男ならレディースの服を見て、自分では着られないとがっかりするものの、それらを可愛い女の子に着せて眺めたいものではなかろうか。

 そういう可愛い服を着てる女の子を見るのも悪くない、と人形姫に説明しただけなのだが。


「あっ!」

「どうした?」


 なにか思い出したように、人形姫は急に顔を上げた。

 

「……はどうしてるんですか?」

「なんて?」


 少し恥ずかしそうにもじもじしながら問いかけてきた人形姫の声はあまりにも小さくて聞き取りづらかった。


「そ、その下着は……どうしてるんですか?」

「……」

「ま、まさかノーパン……」

「はい、ストップ!」

「だって……」

「だってもなにもない」


 俺の横顔をちらっと見ては、目を逸らして、意を決したように言葉を発したかと思えば、いきなりのヘビー級パンチだった。


「き、汚いじゃないですか? 二日連続同じパンツ履くのは」

「だから、今俺はノーパンでいると?」

「あ、はい……」

「まさか、『私のパンツ履いてください』なんて言わないよな?」

「そんなに私のパンツが履きたいんですか!? 履いてどうするんですか!?」


 恥じらいが一瞬にして爆発して、他の人に聞かれたらこいつらどんな会話してるんだよと思われるようなことを連発する人形姫。


「自分の靴下を俺に履かせたのに?」

「靴下とパンツは違うんですからね!!」

「安心して。ちゃんと履いてる」

「それって……」

「ああ、風呂入る前のやつ」


 そう答えると、人形姫は若干俺から距離を取った気がする。

 顔を引きつらせて、やや引き気味な表情を浮かべている。


「しかたないだろう! いきなり泊まれって言うから、着替えがないんだよ! ノーパンよりマシだろう!」

「……わ、私のパンツ貸しますから……」


 そんな表情をされていたたまれなくなり、慌てて事情説明していたら、人形姫はどこか覚悟を決めたように頬の赤みを深めながら、涙目になってそう漏らした。


「いや、いらないよ!! 普通にアイスのついでにコンビニで買うから!!」

「そうですか……安心しました」

「不安にさせた!? ごめんね!?」


 ほっと胸を撫で下ろす人形姫とは対照的に、俺は気恥しさのあまりに、とりあえず人形姫に猛烈に謝っておいた。


 こんなに感情を表に出したのは、いつぶりだろうか……。


「ていうか、サイズ的にも俺には履けないだろう」

「そこは……ひも……タイプのやつもあるから」


 よし、聞かなかったことにしよう。


 俺はなにも聞いていない。何も知らない。


 これから一緒に寝る女の子の下着事情を知ったら、理性が崩壊する未来しか見えない。


 とりあえず―――


「アイスは何味が好き?」


 と、無難に話題を変えたのだった。

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