第10話 人形姫の膝枕

 お風呂を頂いて、リビングに出ると、部屋着のままソファーで髪をタオルで包んでケアしている人形姫の姿があった。


 昨日のキャミソールと違って、薄生地の桜色のネグリジェを身につけて、胸の周りはフリルが飾られていて、裾の部分はレースになっている。

 後ろを編み込んだ栗色の髪は解けて、あどけない印象の中に、どこか大人の女性を彷彿とさせる色っぽさがある。

 

「湯加減はいかがでしたか?」

「最高」

「それは私の残り湯に対する賞賛ですか?」

「……前言撤回」


 先に人形姫が風呂に入ったので、自然に俺は彼女が浸かったあとの湯船に入る訳だが、そういうことを意識しないようにどれだけ苦心したことか。

 ムスッとした表情を作り、人形姫の傍に腰をかけると、彼女は手の動きを止めて、じっとこちらを見つめている。


「なに?」

「顔赤いですよ? 東雲くん」

「お前の残り湯に浸かったから、風邪でも引いたのかもな」

「私ウイルス扱いですか!!」


 人形姫は不満を訴えるようにつぶらな瞳を大きく見開いた。その様子はまんまるな目が可愛いのが特徴のげっ歯類であるヤマネによく似ていて、実に可愛らしい。


「ほかに理由でも?」

「……照れたとかはないのですか?」


 実際照れてはいるのだが、素直に認める気にならないのが男の子なのだろう。

 

「はいはい、照れた照れた照れました」

「適当すぎます!」

「栗花落さんや」

「なにぃ?」

「その理屈だと、栗花落も照れてるってことになるが?」


 はっと我に返ったと思ったら、人形姫は両手で顔を覆っていた。手に持っていたタオルは、当然のように犠牲になり、俺の膝と人形姫の膝にかけるように零れ落ちた。

 人形姫の顔は紅色に染まりきっていて、風呂上がりで血色がよくなったなんて言い訳が通用しないほどである。


「東雲くんが急に隣に座るから……」

「じゃ、離れる」

「それは……やだ」


 まるで駄々をこねる子供よろしく人形姫は抗議するように呟いてそっと俺の服の裾を掴んだ。例の囚人服だけどね。


 一緒に添い寝したから、どうも距離感がおかしくなっているところがある。人形姫と出会う前なら、いきなり女の子の傍に座ったりはしなかっただろう。

 ただ、今はこの距離が正解のように思えてならないのが少しばかり不思議だ。




「えっ!? 東雲くん!」

「アイス食べたくなってきたなあ」

「アイス!?」

「うん、アイス」


 10月は秋とはいえ、まだまだアイスが恋しい季節である。特に風呂上がりに食べるアイスの味はいつもの三倍くらい美味しい。赤くはないけど。


「ちょっと!! なにこのまま物思いにふけってるんですか!?」

「なんかまずい?」

「ま、まずくはないですけど、恥ずかしいですぅ!!」


 なんかふわふわした気分になって、そのまま人形姫の膝を枕にゆっくりしていたら、人形姫は目に見えて動揺していた。

 いつものフローラルの香りに加えて、ボディーソープのラベンダーの匂いと人形姫自身の甘いミルクのような匂いがとても心地よくて、そのまま眠りそうになる。


「大丈夫。ちゃんと柔らかいから」

「そこは心配してないです!! というか、ちゃっかり感触堪能してるんじゃないですか!?」

「ちゃっかりではない。堂々とだ」

「余計タチが悪いです!!」


 見上げると、人形姫はあわあわと口をパクパクさせて、両手を顔に当てたままだった。

 

 何故だろう。人形姫なら、彼女なら、嫌がらないという確信があった。というより、気づいたら人形姫の膝に頭を預けていた。

 人形姫に対して、俺はなぜか警戒心をまったく忘れて、子供のように甘えることができた。心が撫でられて少しくすぐったいような感覚に包まれて、いつの間にか俺の目からが滲み出ていた。


「泣いてるの?」

「たぶん」

「どうしたのですか?」

「……」


 俺が泣いてることに気づいたからか、人形姫は手を俺の頭に載せて、子供をあやすような声音で聞いてくる。

 彼女の質問に答えたくても、喉になにかがつっかえていて口を開くことができなかった。


「そんなにアイスが食べたかったのですか?」

「……それだけは違う」


 予想外の問いかけに思わず反応してしまった。

 恨めしげに人形姫を睨みつけると、人形姫は可笑しそうにクスクスと笑いだした。


「少し元気が出ましたね」

「おまえ、わざと……」

「何言ってるのか分かりませ〜ん」


 憎いほど、彼女は優しかった。


 人形姫はなにを考えてるのか、会話するようになって間もない俺には分からない。

 でも、添い寝するような関係だから、肌を重ねてるからこそ分かることがある。人形姫は温かい。その体も、心もまた。


 そんな人形姫だから、俺は彼女のそばで安心して眠れるのだろう。

 そう思うと、急に不安になる。俺は彼女に同様かそれ以上の安心感を与えられているのだろうか。


「栗花落……」

「なあに?」

「俺と一緒にいて安心する?」

「東雲くんと一緒にいるととても安心するの……」


 この瞬間、人形姫は俺によく向けるひまわりのような笑顔ではなく、直感ではあるのだが、どこかマーガレットのような笑顔を浮かべていた。

 マーガレットの花言葉はここで言わないほうが良いだろう。それは俺と人形姫の間にきっと生まれないものなのだから。


「そうか」

「東雲くんは安心感が半端ないのです」


 その言葉が俺の心を強く締め付ける。俺も人形姫に、彼女が与えてくれたのと同じくらいの安心感を、彼女に与えられているのだと思うと、心がジーンとなる。


 この時、少しだけだが、彼女から離れたくないと、そう思った。


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たくさんの☆ありがとうございます!! 宣言通り予定していたよりも甘々な『お泊まり編』がスタートしました。


夜はまだまだこれからです。そして☆もまだまだたくさん欲しいので、ぜひお願い致します。

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