第3話 添い寝と抱き枕

「ほんとに嘘じゃないですよね?」

「ああ、嘘じゃない」

「ほんとに、ほんとに嘘じゃないんですよね?」

「なんかお前が眠れないのは心配性だからだと思えてきた」

「酷くないですか! だって、東雲くんの気が変わったりしないかなって……」

「それを心配性というんだ」


 またしても頬を膨らませてきた人形姫は、今度はぷいっとそっぽを向いた。その様子はまるで、大好きなご飯を貪っている最中に、ご主人様にそんなに好きでもないおやつを押し付けられて、拒絶の反応を示しているゴールデンハムスターみたいだ。

 この子の前世はきっとげっ歯類に違いない。


「まあ、俺としても抱き枕が得られてラッキーと思ってるよ」

「私抱き枕扱いですか!?」


 今日初めて会話したにも関わらず、なぜか俺と人形姫は軽い冗談を言い合えるようにはなっていた。

 なんか、誰かに『全然軽い冗談ではないぞ』と突っ込まれた気がしたが、誰がなんと言おうと軽い冗談だ。


 人形姫の家に向かってる途中、俺らは添い寝する際のルールを決めておいた。

 一、添い寝は基本的に栗花落の家ですること。

 二、学校帰りに、駅で待ち合わせして、そのまま栗花落の家に向かって、一緒に昼寝すること。

 三、添い寝中はお互いに相手の体の際どい部分に触らないこと。


 人形姫が言うには、彼女の両親は仕事が忙しく、夜まで家にいないとのことなので、学校帰りに一緒に昼寝して、夕方に帰るのが俺にとっても都合がいい。

 駅で待ち合わせするのは、この関係を学校の人にバレないための必要措置。人形姫としても、こんな恥ずかしいことをしてるのを学校のみんなに知られたくないらしい。

 

 そして、添い寝の本来の目的である―――お互いの睡眠不足の解消から逸れないように、俺らは自然に性的な行為に繋がるような相手の際どいところを触るのは禁止ということに合意した。




 駅から歩いて十数分、閑散とした住宅街が見えてきた。

 秋特有の柑子色こうじいろを基調に、一軒家が密集して出来た鉛白色えんぱくしょくが視界を縁取る。


 さらに小道をしばらく歩くと、この住宅街に似つかわしくない豪華な建物の前で人形姫は歩を止めた。玄関の表札には『栗花落』と書かれていて、間違いなく人形姫の家だろう。

 表札を見るまでは、人形姫が見栄を張ったのではと一瞬疑ったのは言わぬが花だろう。


 でも、人形姫の家を見て、なんだか腑に落ちたものがある。確かに人形姫の仕草は一々品があって、どこかのお嬢様と言われてもおかしくはない。

 実際、人形姫の家を見ると、彼女がお嬢様なのはまず間違いないだろう。


 人は育つ環境によって、性格などが決まると言われているし、実際、人間は与えられている状況の中で適応した行動を取るようになっている。

 言い換えると、周りが人形姫をお嬢様として認識していれば、人形姫は否応なくそのように振る舞わざるを得ないだろう。


「……どうぞ、お上がりください……」


 ドアを開けると、人形姫は緊張気味で俺を家に招き入れる。

 

 実際家に入ると、高価そうだが品性を落とさないような落ち着いたインテリアが目につく。

 暗めのトーンで揃えられた家具は、艶やかな茶色のフローリングとよく合う。浮つかないという意味でも、初めて足を踏み入れた俺でも落ち着く空間だと思った。


「私の部屋、二階だからもう行きましょう?」


 なぜか急かすように、俺をさっさと二階に上がらせる。

 人形姫の部屋と思しき部屋に案内すると、タンスから何かを取り出し、俺に手渡してくる。


 よくよく見たら、水色のパジャマである。


「これをどうしろと……? 俺、女の子の服の匂い嗅いだりする性癖ないから……」

「違います! それに着替えるの!」

「この女性用のパジャマに……か?」

「制服のまま寝たらシワができちゃうし、それに寝ると言ったらやはりパジャマでしょう?」


 一理……はなくもないと思ったが、さすがに女性用のパジャマに袖を通すのに抵抗がある。


「なっ、やはり別の……」

「私は着替えるから、東雲くんは部屋の外で着替えといてください!」


 有無を言わさず、俺を部屋の外に押し出してドアを閉める人形姫。

 もう一度部屋に突入しようと思った矢先に、衣擦れの音が聞こえてきたので、このままでは下着姿の人形姫と鉢合わせることになると踏んで、手にある水色のパジャマをしばらく睨んで、制服を脱ぎ出したのだった。


「着替え終わりましたか?」

「ああ、ばっちりだ」


 俺の返事を確認してから、人形姫はドアを開けて、七分袖になっているのを見て、くすくすと笑いやがった!


「変なの」

「誰のせいや」

「仕方ないですね。明日はお父さんのスウェットを用意しますね」

「……ぜひそうしてください」


 人形姫を睨みつけたが、気付かれなかった。彼女の目線はすでにベッドに向けており、頬は少し赤みを帯びてきた。


「それじゃ……寝る?」

「……うん」




「あの……なんでこんな体勢ですか?」

「俺が落ち着くから」


 俺は人形姫に背中を俺の方に向けさせて、後ろから彼女のお腹に手を回して、抱き寄せるように横になっている。

 密着しているせいか、彼女の髪からフローラルの香りが漂ってきて、心地よい。


 ちなみに、彼女はピンクベースの、白いうさぎがたくさんプリントされているパジャマを着ている。

 もともと綺麗とは思ったが、これほどピンクが似合うとは正直思ってなくて、あまりの女の子らしさと可愛さにたじろいだ。


「そうですか……じゃ、そのまま後ろから抱きしめててください……」

「言われなくともそうする。お前は俺の抱き枕だからな」

 

 思わぬ人形姫のなんとも愛くるしい言葉に、俺は照れ隠しするように、悪態をついた。

 そして彼女を抱きしめる手にさらに力を込める。手から人形姫のお腹の温もりが伝わってきて、意識を手放しそうになる。


「……私、女の子として見られてないのかな?」


 その折、人形姫から独り言とも質問とも取れるような言葉が聞こえて、俺はそれを質問で返した。


「変なことしてほしいの?」


 すると、人形姫はしばらくもぞもぞして、自分から体を俺に近づけてきた。


「ううん」

「じゃ、抱き枕でいいだろう」

「はい」

「あったかい……」


 俺は人形姫の栗色の髪から発せられるフローラルの香りを嗅ぎながら、人形姫の体温を感じて心地よい眠りについたのだった。

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