彼女の話 第五話
小森さんの見つけた主獣の弱点と山井県に目的があるという情報はすぐに特組の本部へ伝えられた。数日後、本部から重要事項を連絡すると通達があった。
本部からの無線機の前で、私達4人は緊張した面持ちでその時を待った。
『……これから特別害獣駆除組織の最重要任務の概要を伝える。主獣の目的は山井県在住の22歳、佐野成海である可能性が高いと……』
「え……?」
「しっ!」
杉野さんは私の口元を手で押さえた。
なんで今、成海の名前が……? 血の気が引いていくのを感じる。
『佐野成海を囮として主獣を引き付け、選抜部隊によって駆除を行う。なお、佐野成海に違和感を持たれないよう、彼が現在居住している村にのみ避難勧告を発令しない。実施は一週間後とする』
無線はプツンと切れた。
「麻生ちゃん! 今言っていた成海君ってもしかして……」
「……そうですよ。佐野成海は……私の行方不明になっていた彼氏です」
いったいどういう事なんだ。成海が主獣の目的? それに囮とか言っていた……?
「俺は納得できない。一般人を囮にするとか、避難勧告をしないとか、つまりその人達は被害を受けても仕方ないって……そんなの、あんまりだろ……!」
「私もそう思う。今回の本部の決定は道理に反している。そこでみんなの意見を聞きたい。」
そう言って武田支部長は私達の顔を見回した。
「恐らく私達は選抜部隊に選ばれないだろう。だから、選抜部隊に先回りして住民の命を守り、主獣も倒す。どうだろうか」
「俺もそうしようと思ってたところだ」
「作戦に必要なデータは任せてください!」
「麻生君、君はどうする」
「やります。誰も傷つけさせたりなんかしません!」
それから私達は何度も話し合って計画を立てた。決行は本部の選抜部隊と同じ一週間後に決めた。近隣の村人の避難は本部に任せた方がいいと判断したからだ。
そして一週間後、その日は来た。
「ちょうど一週間後に主獣が現れるなんてな」
そう言って杉野さんはニヤッと笑った。いつ主獣が現れるかは予測できないため、任務発表の一週間後から最初に現れた日を任務決行日と定めていた。
東京の全支部には任務決行日に主獣が現れても攻撃しないようにと通達されていた。そのため私達は心置きなく第六支部を出発することが出来た。
朝のうちに待機場所と決めていた村へ到着した。村人の避難は完了しているから巻き込む心配はないし、ここならすぐに目的の村へ行ける。本部の選抜部隊は目的の村を挟んだ向かいの村に待機しているらしい。
「計算上はあと30分後に主獣が村へ到達します」
小森さんが言った。
作戦としては武田支部長が成海を見つけて護衛。そのあと小森さんが村人を避難誘導し、私と杉野さんで主獣を倒す。単純明快な計画。ヒーローのような必殺技はない。選抜部隊を出し抜くための小細工もない。でも私達にはそれが一番力を発揮できると信じている。
でも一つ、問題があった。
「さっきから双眼鏡で観察していますけど、人は見当たらないし、村の位置が特定しづらいですね」
待機場所に到着してから交代で一時間程度観察していたが村人を一人も見つけることが出来なかった。それどころか木々に覆われていてどこからどこまでがその村なのか判断が出来ない。選抜部隊ではない私達は目的の村の正確な位置を表した地図や住民名簿を持っていない。あるのは小森さんが探してくれた、等高線の書かれた広域地図だけだ。
「あっ!」
小森さんが声をあげた。
「どうしたんですか?」
「もう、来た……」
小森さんの視線の先を追うと、数百メートル先に主獣の姿が見えた。
「やつも何か感じたか……麻生、行くぞ!」
杉野さんに続いて走り出そうとした時、
「ああああああ!」
遠くから叫び声が聞こえた。
「成海だ……成海の声だ!」
その声は、ボイスレコーダーが壊れるほど聞いた、成海のものだった。
「私、行ってきます!」
私は駆け出した。
成海の位置と得られた村の情報を無線で連絡し、私は杉野さんと合流した。
「何だお前、また泣いてるのか?」
「な、泣いていませんっ!」
「ふん、まあいい。麻生がこっちに向かってる間に武田さんが例の彼を発見したって連絡がきた。小森も住民の避難を始めてる。選抜部隊の方もじきにこの異変に気付くだろうよ」
約30m先には主獣が荒い息を立ててこっちを睨みつけている。杉野さんは剣を抜いた。
「最後の戦いだ。気合入れろよ!」
「言われなくても!」
私は腰に差していた二本の剣を構えた。
主獣は前回初めてダメージを負ったからか、前よりも警戒心が強い。尾を体の周囲にしならせて私達を近寄らせないようにしている。
「じゃあ、俺からだな」
そう言って杉野さんは華麗な身のこなしで尾の攻撃を躱しながら接近していく。杉野さんが主獣の足先に向かって剣を振りかぶると、尾の攻撃は杉野さんに狙いを定めた。
今だ。
私は動きが読みやすくなった尾を二本の剣で捕えようとした。しかし、直前で尾は軌道を変えた。
「そんなに上手くはいかないか……」
その時、ある方法が閃いた。私はまっすぐに主獣へ向かっていった。
「おい! 早まるな!」
尾が無茶苦茶な動きで振り回されている。杉野さんみたいに全部を躱すなんて私には無理だ。剣でいくつかの攻撃を叩き落とすので精一杯。いつかは、
「ぐっ……」
「麻生!」
私は尾を躱しきれずに弾き飛ばされてしまった。でも為すすべもなく地面に叩きつけられた前とは違う。
主獣は私の方に近づいてきた。やっぱり。前は私を敵だと認めたんだと思っていたけど、きっとそうじゃない。こいつは、冷静に冷酷に、私にとどめを刺しに来たんだ。
尾がしなる。
「まさかまだ動けるとは思わなかったでしょ!」
私は飛び起きて、剣で尾を押さえた。今回は受け身を取って倒れたからまだ動ける。
「杉野さん!」
「おう!」
私が尾を押さえた隙に、杉野さんが尾の付け根から1m上の位置に剣を突き刺した。主獣の体に血が滲む。
「こいつの攻撃は俺が全部引き受ける。だからお前は……心臓を突け!」
その言葉に突き動かされて私は走った。私に向かってくる攻撃は杉野さんが捌いて道を開いてくれる。
「行け、麻生!」
私は主獣の左腕を踏み台にして大きく飛び上がった。そして二本の剣を振りかぶる。
「ああぁ!」
心臓の位置は小森さんが試算してくれた。武田支部長が正確な刺突を訓練してくれた。杉野さんがここまでの舞台を整えてくれた。だからこの一撃は、私達みんなのものだ。
「いっけ……!」
二本の剣は、主獣の体に吸い込まれていった。白い体が赤く染まっていく。その時間が何十分にも感じられた。
やがて巨体は傾き始めた。私は急いで剣を体から引き抜き、巨体を解体した。
地面に降り立って最恐の跡形もなくなった主獣を見て、ようやく一息ついた。
これで、終わったんだ……
「いい動きだったな」
そう言って杉野さんが私の隣に立った。
「ありがとうございました。本当に主獣を倒せたのは杉野さんのおかげで……ああっ、武田支部長と小森さんにもお礼を言わないとで……」
「まあ落ち着け。そういう事は後でたっぷり聞いてやるから、まずは彼のところに行ったらどうだ。さっきだってまともに話してないだろ」
「で、でも……こんな血だらけだし……」
「ばぁか」
杉野さんは私の背中を押した。
「早く行ってこいよ」
主獣が倒されると少しずつPBNの出現頻度は減少していった。そして10月に現れたのを最後に、PBNが私達の前に姿を見せることはなくなった。主獣を倒して3か月後のことだった。
PBNが現れなくなったことで特組は解散となった。第六支部でお世話になったみんなも別々の道を選んでいった。
そして私は……
「どうしたの?」
成海が不思議そうに私の顔を覗き込む。
「ううん、何でもない。ちょっと考え事してた」
PBNの脅威が去ったことで生活は少しずつ元に戻ってきている。私達は今、仮設住宅で2人暮らしを始めた。
そんな風に以前の生活を取り戻すことが最優先課題となり、PBNの研究は打ち切りになった。だからPBNがどこで誕生したのかも何で成海が狙われたのかも謎のままだ。
「そっか。お昼ご飯できたよ」
でもそれでいい。
「ありがとう……ねぇ、成海」
「うん?」
能天気そうな顔で首を傾げる。
だって今が幸せだから。
君もそうでしょ、私だけのヒーロー。
こんな世界にありふれた、俺と彼女の話 亜瑠真白 @arumashiro
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