怪談話

 経済真っ暗な遊郭は店閉めしようとしていると話が持ちきりしているのだが、強い女将は中々怯まなかったのが、人間として立派でリーダーとして揚屋を支えているのが誇らしい。

 今日も客を入れようと焦っている萩本屋の中、影で何やらコソコソしている人影があった。

「私へって珍しいわね。一体誰かしら?」

 手紙には花子様という名が墨で細く書かれており、紙はあまりよろしくない焦げ茶色の素材である。折り込まれた紙を広げてみると、明らかに尋常ではない文字列が蛇のようにのたくっている。


 花子様

  突然ながらも貴方の命に関わる事をお話したき候。今宵二時に桶を逆さにしている長屋においでくださいまし。このことは必ず他言無用であること。


 この奇怪な物を見て、一切封しようとしたが命に関わると言われては、しかも自分の命に、もしかしや遊郭の事件かもしれないというであれば、次に狙われるのは己ではないかと思うと行かずにはいられない。

 用を済ますと花子は手当たり次第に桶が逆さの長屋を探して、見つけたのは障子の奥がほんのりと明るい白が写っている。

 そうやって外で立ち止まっていると、バンッと障子が開いて、濃い青や黒が混じった小袖の雪駄を来た女がとんでもない凝視・女は堪えているのだが障子がカタカタとなっている。その女の様子を見た花子は、それほど目に焼き付いたのは今までない。

「お松じゃないの。どうしたのこんな夜中に呼び出して」

「それより速く入ってちょうだい。」

 お松は花子の腕を思いっきり引き込むと、障子から外へ顔を出して辺りを見回してから閉めた。

 お松はあの女将に手紙を書いた人物で、花子とは今までの人生で大の仲良しと言っても過言ではなく、なんせ七・八から一緒なのだ。

「ごめんなさい。どうしても言わなきゃいけないことがあるから。」

「どういうことなの?手紙に書かれている私の命に関わることってなんなの?」

 荒々しく問い詰めるとお松は

「あの井戸の事件、あたし下手人知ってるの」

 驚愕してから、しばらく死の静けさが流れ、何か言わなければならないのは分かっているが、なかなか言葉が出ない。

「本当なの?見たの?」

「うん。見たの。花ちゃん約束して、これから話す事私がそれを話した事は一切誰にも言わないと約束して。」

 力強く、花子の腕を握り潰す力なので、段々彼女自身も怖くて恐ろしくなってきた

「ごめんなさい取り乱して。」

「大丈夫。それより話してちょうだい。一体誰なの下手人は?」

 戦慄が波のように体の中を走り回るのを感じる。

「それは、、、、萩姉さんなの。」

 花子の脳天から全身に稲妻が走り抜けた。おの優しい萩姉さんが?あの皆から愛されていた萩姉さんが?

「そんな訳ないでしょ。あたしをからかうためにわざわざここまで足を運ばせたの?」

 笑う彼女は今だに信じられる、必死の抵抗をしているのだが

「いいえ、本当なの。信じて」

彼女を染めている肌にはあの無邪気な色はなく子供には絶対あってはならない青が混じってしまっていたのだった。

 花子はそれに気が付いて速く自分に冷静を取り戻した。

「ごめんね、突然叱っちゃって。落ち着いて話してちょうだい」

 二人の間には冷たい戦慄が走った。

 彼女は時折発作のようになったので花子が背中を撫でながら何事にも口にせず、話に耳を傾け続けた。

「実は事件が起こった井戸の通りにある長屋に私の母が住んでいてその日看病しに行っていたんです。そして店に帰るため長屋から一歩出て右向いたら通りの門に誰かがいたんです。よく見ると男がことらに背を向けて何か引きずっていたんです。気になってちらっと男が引きずっているものを見ました。それは・・・それは・・・」

「お勝だったのね。」

 お松は途中で花子の胸の中に飛び込むと子供のように泣きながら縋り付いた。

「花ちゃん、わたし怖いの・・・その後男は井戸にお勝を投げ入れた時月明かりに手拭の中の男の顔が見えて、まさかあの優しい萩姉さんだったなんて、しかも萩姉さん笑っていたの、あの今までの優しい顔じゃなくて鬼と同じ顔だったの。わたし怖い萩姉さんと一緒にいるのが怖い。」

 そのままお松は五分くらい泣き続けたが、しばらくしたらスヤスヤと疲れ果てて眠り続けていた。

 花子はこれまでの人生で怪談話をいくつも触れ合ってきたのだが生きてきた人生の中でこれまでに恐怖を感じたことがなかったのだった。

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