萩姉さん
吉原遊郭は色と欲にまみれた場所で籬(まがき)、簡単に言えばショーウィンドウだってら想像がつくだろう。その木柱の隙間から遊女がきらびやかで上品な格好仕草をすれば、見た男はたちまちにその者と一夜床を共にするのである。
当たり前だがほとんどが自分の意志で努めているのではなく、「年季奉公」という親が借金すれば子がそれを返済するために子が見を捧げなせればならないという悲哀のシステムで、自分の意志でどうしても遊女をやめることができないのである。
最愛の相手、契りを交わした相手、生涯共にしたい相手がおり、見を捧げたいと思っても、システムのせいでそれを断たなければならなくなったのも多くいる。
それに加えて女にとって子供は宝、財宝なのだが遊女にとって子供は邪魔しかなく虫扱い同然であった。子供に飯を食べさせなければならなくなるため金を絞らなければならなくなる。そのため我が子を殺そうと、中絶しようとするものがいるが、それは毒の中絶をして己の死か育てて遊郭の役に立たせるまで己の食費を削るかの二択しかなかった。
そんな問題の根元は一件の揚屋から始まった。
「あれ?ねぇちょっとお繁さん見ていませんの。」
もうすぐ開店前なので尼子は慌てて髪を結びながらすれ違う遊女や同業者に聞いていたが
「えっ。さっきまでいたのを見たのですがいませんの?」
「それがついさっきから見えませんのよ。」
「どっか散歩にでも行ったのじゃありませんか?ほら、よく何処か勝手に行きますし、もしかすると風に当たりに行ったのでは・・・・」
お繁というのは「萩本屋」に務めるしなやかな体つきと美貌を持った遊女で、ごく最近指名が多く羽振りがよくなり、ちょこちょこ調子に乗っている。彼女はシステムとは関係なく自分の意志でおり、金のためならなんだってやるいわゆる金の亡者であった。
「そうなのかしら、あら萩姉さん。お身体の方は大丈夫ですの。」
「大丈夫。ちょっとクラクラしただけだから。」
「萩姉さん」というのは無論偽名で言えばニックネームである。彼女はこの揚屋一の遊女で彼女と一夜遂げる者の中には常連がいるほどだ。そして多くの人から信頼関係が厚い。
さて開店中は遊女が引っ張りだこ、従業員はお針子や飯炊きなどの下働きの仕事で気付けば、お繁の事はすっかり忘れていたが、そのお繁への指名でやっとのことで思い出して、部屋の障子を開けたが肝心な姿はなかった。
客は少し待たせて下働きの者で辺りを探したが、どういうわけか姿形がないのです。
結果萩姉さんと一夜になった。
いったいどこに行ったのだろうか。足抜けだと騒がれたが果たしてそうなのだろうか。
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