遊郭の鬼

阿笠栗栖

揚屋

「私怖いの、怖くて怖くて夜も眠れないの」

 八月中旬真夏で夜になっても猛暑日なのに正座をしている彼女は青白い顔、裾から出ている生まれたての子鹿のような足取りで、ガクガクと顎が震えている。

 それは江戸時代中旬のことで江戸日本橋の近くには吉原遊郭があるがその陰には長屋がズラリと並んでおり、真夜中で明るいのは遊郭一点、長屋は空から見ると物音一つ光一つもないが、入り口から見ると蝋燭の明かりが障子の薄い紙を超えて淡いオレンジが見える。そんな月とスッポンのような風景の端っこに彼女たちがいる。

 決して怪談話をしているのではない。それよりもっと、背筋が凍り、早鐘のような鼓動になり、震えて、毎日明るく快晴な空でも外を歩くのが恐ろしい。

 それが遊郭の闇なのだろうか。私も想像するだけで足の力がなくなり、鼓動が速くなる。

 話の気付きは一軒の揚屋から始まった。

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