第2話 餌のあげ方

「君って1年生?たった1人で部活を立ち上げるなんてすごいね」

「生き物が好きなので」


事前にカルキ抜きした水入りバケツから水槽に水を移し、作業をしながら先輩と会話をしました。座った先輩は両腕に顎を乗せ、机上の代理水槽に入った貪食ちゃんをぼーっと眺めています。私は気になっていたことを問いかけました。


「どうして生物同好会に入ろうと思ったんですか?ご覧の通りこの同好会には私しかいませんし、こんなに地味なのに」

「私は地味とは思わない」


そう言って先輩は言葉を続けました。


「入部したのは…君の作ったポスターに惹かれたから」

「え!嬉しいです」

「それに、緩い部活に入りたかったのも正直あるかな。なにかのコミュニティに入っておけば、大学受験の時に調査書にも書けるでしょ?」


すると先輩は立ち上がり、身を乗り出して言いました。バケツに新しい水を入れる際、驚いた拍子にホースの向きが変わるところでした。危ない危ない。


「何か手伝えることある?」

「わっ。…そ、それじゃあ、餌の準備をしてもらっていいですか?」

「うん。どうするの?」

「冷凍庫にアカムシが入っているので、まずはそれを解凍してもらえますか」

「わかった」



𓂃𓂃𓂃𓂃𓂃𓂃𓂃𓂃𓂃𓂃



「普段はウーパールーパー用の人工飼料をあげることが多いんですが、たまにアカムシをあげるんです。アカムシは両生類にとって大好物なんですよ」


私はピンセットとスポイト、キムワイプと呼ばれる紙シートの箱を机の上に用意し、先輩に餌の与え方を説明しました。先輩が解凍したアカムシを溶かした水ごと貪食ちゃんの水槽に流し入れました。本来ならばアカムシを食べさせる時は水槽を洗う前のタイミングで行いますが、既に水槽を洗ってしまったので、この後もう一度水槽を洗うことにします。


「きちんと解凍されていないと、アカムシを丸呑みしたウーパールーパーはお腹を壊すことがあるんです。それを避けるために、先輩には解凍していただきました」

「なるほどね。それで、このピンセットとスポイトはどう使うの?」

「餌をあげたり、残った餌を回収する用に使います。餌をピンセットで掴んで口まで持っていってあげたり、スポイトで水ごと餌を回収します」


餌やりをしている先輩はとても楽しそうでした。先輩がピンセットで掴んだアカムシを貪食ちゃんがガブリと食べる度、先輩の目がキラキラと輝いていて、とてもきれい。その目を宝石に例えるとすれば、まるでルビーのような。


「すごい!食べた!」

「フフ」

「かわいい!」


個体差はありますが、一般的にウーパールーパーは大食いです。この子も例外なく大食いで、その食べる様を見て生徒が貪食ちゃんと名付けた経緯があります。でもウーパールーパーはよく食べる割に消化器官が弱いので、餌をあげすぎるのは良くありません。


「授業で生物室に来た時にさ、貪食ちゃん可愛いなと思ってたんだ。でもこうやって間近で見られたのは初めて」

「それは良かったです。実際にお世話してみると、新しい可愛さ発見しちゃいますよね」

「うんうん。_あ、もうこんな時間か。そろそろお暇するね。今日はありがとう」

「こちらこそ入部ありがとうございます」

「友達も誘ってみるよ。じゃあまた今度」


手をひらひらとさせて先輩は廊下に出ました。しかし数秒後にひょっこりと頭だけを生物室に戻して私に尋ねました。


「入部届けって誰に出せばいいんだっけ?」

「顧問の山内先生です!」

「オーケー」


そうして先輩は去りました。私も廊下に出てみると、窓の向こう側は夕焼けに染まっていました。足元には影が落ちていて、どこか涼しい風がゆったりと吹いていました。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る