二枚目
花水木探偵事務所は、地方都市の片隅にあります。
かなり田舎よりなので、大きな依頼はほとんどありません。
浮気や素行調査ならいい方で、迷子のペット探しとか埋蔵金探しとか、それって探偵の仕事?みたいな依頼もやってきます。
それにしたって、これはあんまりです。
母親に隠されたゲーム機のアダプターを探せ、ですよ?
謝礼は中古ゲーム、ですよ?
これはないです。
皆さんもご唱和ください。
「そんなの、自分で探せばいいじゃないですか」
「見つかんないから頼んでんだよ。
タンテーのくせに、そんなこともスイリできないの?」
「と、とにかくそんな仕事は受けられません!
業務範囲外です!」
「待った待った、ネピアくん。
うちは遺失物捜索も取り扱ってる。ましてこれは過失じゃない。
報酬の用意もあるんだし、立派な仕事だよ」
「むぐう」
普段、仕事の受付は私に投げっぱの先生が、いつになく饒舌です。
「それにこの事件、私には他人事には思えなくてね。(ズビッ)
ぼくも幼い頃、母親にアダプターを隠されたことがあるんだ。(ズビッ)
あの絶望から令和世代を護るのが(チーン)大人の務めというものじゃないか?」
「鼻をかみながらキメても駄目ですっ!
ゲームに目が眩んでるのが見え見えです!
そもそもプロの探偵が現物報酬なんて、示しがつきません!」
「何もめてるか知んないけどさ」
いがみ合う私たちを見て、僚成くんが冷ややかに言いました。
「もうホーシュー受け取ったんだから、ケーヤク成立だろ。
このハコ持ってくんの、大変だったんだからな」
うっく。
私は開封された箱を振り返り、
これは「受け取った」と言われても、言い逃れできません。
悔しいですが完敗です。日本の
「……報酬は、全額前払いですからね……」
崩れ落ちる私の前で、男二人が喝采をあげました。
ついでに床のティッシュを拾いながら、私は思案します。
家庭内の遺失物捜索ということは、範囲は屋内に限られます。ペット探しのようなあてどない作業ではありません。
中古ゲームも、先生の言葉が正しければ、高値で売れる可能性があります。
さっそく開けられた二つ目の箱を見る限り、ソフトの数は十分です。私にゲームの目利きはできませんが、あれだけあれば、プレミアの一つくらい混じってる気がします。状態最悪のゲーム機はともかく、ソフトはケース付きなので転売サイトで売れそうですし。遊んだ後なら、先生も文句ないでしょうし。
仕事は最低ですが、謝礼は見合っている気がしてきました。
「私、ゲームは詳しくないのでお聞きしますけど。
そもそもゲームのアダプターって、なんですか?」
「なるほど、そこの説明からか。
正式名称はAC/DCアダプター。交流電圧を直流に換える装置だ。
これがないと携帯ゲーム機は充電できず、据置機は動かない」
「ここにある古いアダプターは、使えないんです?」
「ああ。ゲーム機のアダプターは専用のものが必要なんだ。
共通して使える場合もあるが、僚成くんのゲーム機は違う」
鼻をかまなくても、ゲームの知識はすらすら出るようです。
「しかし、実に素晴らしいコレクションだ。
これは父上譲りのものかな?」
「半分くらいね。残りはオレが買ってもらったやつ。
父ちゃん忙しいし、オレも古いのはもういらねーから」
「こんなにゲームがあるなら、これで遊べばいいんでは?」
しごく当然に思える私の感想は、鼻で笑われました。
「わかってないなー、ねーちゃん。
昔と今のゲームじゃジゲンが違うんだよ。
古いゲームなんて、もうやってらんないって」
「でも少し前のゲームなら、そんなに違いは……」
「ぜんっぜん、違うんだって!」
「あっ、そ、そーですか」
思わずのけぞりました。ギーク怖い。
「まあ、私は昔のゲームの方が好きだけどね。
最近のゲームは忙しすぎて、鼻をかむ暇もない」
中古ソフトを手に、そうつぶやいたのは先生です。
言われてみれば、先生の遊べるゲームは限られます。スマホゲーばかりしていたのは、体質のせいかもしれません。
そう考えると、少し可哀想な気もします。
「……わかりました」
ティッシュで膨らんだゴミ袋を手に、私は立ち上がりました。
「正式な依頼として、花水木探偵事務所がお引き受けします。
調査はいつにしましょうか?」
「じゃあ、明日土曜!
母ちゃんパートで、夕方まで家にはオレ一人だし」
「
住所と連絡先を残して、僚成くんが帰宅した後。
私は先生に、人差し指をぴしりと突きつけました。
「受けた仕事は仕方ありません。
ただし、今回は《鼻貴族》禁止です。
いつもの先生と私で解決しましょう」
「ええっ」
《鼻貴族》の意味するところは、皆さんご存知ですよね。
先生の《名探偵》は一分限り。使用後、
ここで使った後、万が一にも正式な仕事が来たら大損害です。
「大丈夫ですって。私、調査は得意ですから。
敏腕助手ここにあり、ってところをお見せします!」
「うーん。まあ、仕方がないか……」
こういうところは普段の先生で、安心しました。
そして翌日。
私たち二人は、大量のティッシュを買い込んで、僚成くんの住むマンションへと向かったのです。
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