5

「あの〜、こんにちは〜…」


 時は11時47分。ところは、土岐雄が勤める会社『ウハウハ・ドール・カンパニー』のオフィス内。やっとこ辿り着いたが史都が、そのガラス張りのドアを背に挨拶しました。


 が、


「誰もいらっしゃらないようです〜」


 史都の言う通り。このシンプルでコンパクトな空間の中、向こうのカウンター内にも、また手前脇の接客用らしき応接セットの方にも、人の姿はありません。


 よって史都は、しばし待ってみることに。とりあえず、その応接セットのローテーブルにラジカセとお弁当を置き置きソファに座って、誰かが現れるのを待ちます。


 すると、


「ふ〜、すっきりした…っと、もしかしてウチの製品かしら」


 どうやら、厠に行っていたようです。ほどなくして、カウンターの奥のドアから、ひとりの中年女性が姿を見せました。


「でも、なんであんなところに?」


 いわゆる事務服姿。現れたと思えば、史都を自社製品と勘違い。ひとり小首を傾げる女性ですが…


「いえ〜…ワタシは製品ではありません〜」


 ひとまず、お弁当とラジカセはそのままに、再び立ち上がりつつ史都が返します。


「う、動いた喋った! ひょっとして、お喋り機能付きの新製品…」


 違うって言っとるでしょーに。


「いえ〜、ワタシは新製品でもありません〜。こちらでお世話になっています、有田土岐雄のフャアンシェ・・・・・・の楠と申します〜」


 あちゃ、違うといえば、こっちもです。


 それを言うならフィアンセ・・・・・っすよ、史都先輩いきなり体育会


「へ…? 有田…あ、部長の。これは失礼しました。てっきり人形かと思いまして…」


 まあ、事実『人形』なので、間違ってはいませんけどね。


「いいんです〜。ところで、有田は〜」


「あ、はい。それが、いま奥で会議中でして…で、きょうに限って、ちょっと長引くかも知れません」


 ようやくカウンターへ歩み寄りながら、女性事務員さんが申し訳なさげに言いました。


「では、これを有田に渡してください〜」


 史都もまたカウンターの方へ。ラジカセとお弁当を手に、そこへ歩み寄ると共に、その洒落た木目調の上にお弁当のみを乗せました。


「あ、はい。でも、もしよろしければ、お茶でも。その間に、会議も終わるかも知れませんので…」


「ありがとうございます〜。でも、私はこれで〜」


 せっかくですが、お仕事の邪魔にならぬよう、史都は丁重に辞退しました。


 そして、


「では、またのお越しをお待ちしております」


 事務員さんが一礼…って、デパートとかでもあるまいし、今日みたいに用事でもなければ、そんなフツーに来ることはないと思いますけどね。きっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る