第12話 VSワイバーン

 翌朝。

 朝食を摂ってすぐに、俺たちはユークの不死鳥に乗って街を出た。バサバサと真横で羽ばたく炎の翼が熱風を生み出している。ちょっと暑いけど、そんなこと言っていられるような状況じゃない。一刻も早く依頼を達成しないと......!

 空を飛んでいるおかげで地上を歩くよりもずっと早く塔に着きそうだ。プラーミャの都市を出たときには見えなかった塔が、みるみるうちに近づいている。

「よし、下降するぞ。捕まれ」

 地面に降り立って塔を見上げる。灰色の塔は威圧感がある。薄い膜のようなもので包まれているのは、消えかけている結界だろう。

「上の辺り、破られてる。ワイバーンはあそこの穴から抜け出してるのね」

 ......見えないんだけど。

「私には見えないな」

「わたし、兄さんより目いいもん」

 もう目がいい悪いの次元じゃなくない? 塔の上なんて霞んで見えないよ?

「逆になんでユミルには見えるんだよ......」

「視力十はあるからね。身体能力は自信あるの」

 そりゃ見えてもおかしくないし、自信あって当然だよ。

「ほら、入るぞ。サント、結界破ってくれ」

 結界の解除方法なんて知らないんだけど。そう思う頭と裏腹に、身体は何をすればいいのかわかっているようで自動的に動く。

 手が結界に触れる。同時に、触れた箇所からさあっと結界が霧散していく。膜が弾けるときのようなパンッという音を最後に、かろうじて残っていたそれはあとかたもなく消えてい

た。まあ、もともと機能してないようなもんだったけど。

「聖力はどのくらい感じた? ほとんど残ってなかったと思うが......」

 聖力なんて言葉は聞いたことないけど、聞かなくてもなんとなく、感覚でわかった。俺と共鳴している力のことだ。ユークが聞いてきたのは、この中で唯一の聖人である俺にしかわからないことだからだろう。

「弱い。ほとんど感じられないレベルだ」

「聖力の珠がこの結界の要のはずだ。聖人は私たち一般人と比べてはるかに聖力を感じるはずなのに......」

 ユークは一般人じゃないだろ。聖人以上に人間離れしてるんだから。

「さっさと様子を見たほうがよさそうね」

 そう言うユミルに頷いて、俺は塔の扉を開いた。

 塔の内部は暗かった。その闇にいくつもの光が見える。瞳だ。

「多すぎない? これを相手にするのは中々に骨が折れるわよ? この塔だって何階層まであるかわからないし......」

 たしかに、相手にしていたら切りがない。ユミルの言うとおり、何階層まであるかわからないのだ。体力は温存しておきたい。

 つまり、俺の出番だ。

「マタルガーディアン!」

 護る対象はこの塔と最上階にいるであろうワイバーン、そして俺たち三人。攻撃対象はワイバーン以外の魔物すべてに標準を合わせる。異能を展開したのはこの塔だけだし、他には被害はないだろう。

 ......前より上手く使えてる。

 魔物は倒すと消滅して、魔石だけが残される。その魔石は換金できるらしいけど、そういえばまだギルドに入ってないな。とにかく、あとはその魔石を拾いながらワイバーンのところまで行けばいいだけなのだ。

「すごい、すごいよ、サント! 異能の扱い方、わかってきてるじゃん!」

「そうだな。大幅に時間短縮にもなる。けど、疲れただろ」

 そりゃまあ、疲れたけど......。多少は仕方ないだろ、異能なんだから。

「召喚、氷雪狼。乗れ」

 魔法陣が光って、目の前が一瞬青く染まる。って、また幻級魔獣かよ。レア中のレアを二体も召喚獣にしてるとか、一体何者なんだ、ユーク。たまにミステリアスなんだよな。

「ここから階段が続くみたいだし、魔物は階段なんていうバランスの取れないところにはいないから、フロアごとに止まって魔石回収だけすればいいかもね」

「ほら、サント。早く乗れ。本当に時間がないんだ」

 ユークに急かされて氷雪狼に跨がると、俺たちを乗せた白い狼が階段を駆け出した。

 想定よりもずっと速く駆けるせいで振り落とされかけて、思わずギュッと毛を握る。そのふわりとした体毛は種族名のとおり氷雪のような白銀だ。

 同じくユークの召喚獣である不死鳥は華やかな美しさだったのに対して、氷雪狼は儚げな

美しさがある。もちろん、二体とも恐ろしく強い。戦闘力は通常魔獣とは桁違いだ。見たことはないけど、種族値的に。


 比喩ではなくあっという間に二階のフロアに着いた。一度氷雪狼から下りて、フロア中に散らばった魔石を回収する。フロアは広いわけではないから、回収に大して時間はかからない。

「拾った魔石はこの革袋に入れてくれ」

「わかった。けど、邪魔にならないか? この塔高いし、フロア多そうだし、異能使った感じ魔物多かったぞ? その革袋一つじゃ、全部の魔石は入らないと思うんだけど」

 手に持った魔石が落ちないように気をつけながら小さな革袋を指さして問う。疲れ具合から考えても魔石はゆうに二百個はあると思う。見た感じ小さめの魔石三十個分くらいしか入らなそうなんだけど......。

「異空間。これで大丈夫だろう」

 ユークは高度な魔法も簡単に使いこなす。ユークの年齢は俺と同じで、まだ十代だ。普通はそもそもこんなに高度な魔法は使えないはずなんだけど。

 高度な魔法は、早くても二十代後半にならないと獲得できない。一度でかなりの魔力を使うために魔力に大きな変動が生まれ、それによって身体にかかる負担が大きすぎて扱いきれないからだ。

 神に会ったらしいし、それがきっかけで体質的なものが変わったんだろう。俺も転生したときに影響を受けて聖人になったっていうのが、十三年間考えて最有力候補だと思ったことだし、天界へ行ったことがあるかどうかっていうのが関わってるのかな? まあ、いいや。扱いきれてないけど、そう考えると俺もチートなんだよね。

 それはともかく、無限に空間が広がる革袋に魔石を入れる。

「行こう」

 次のフロアでも魔石を拾い、革袋に入れる。十三回同じことを繰り返した頃には、頂上まであと一歩のところに来ていた。

「いよいよ、最上階ね......」

 この先に待ち構えているのが、今回のターゲット__ワイバーン。空を飛ぶ相手という点では俺が、属性の相性という点ではユークとユミルがそれぞれ不利に働くけど、どうにか弱らせないと。

 この国の命運を握っているのは俺たち三人なのだ。

「流れる水よ、集いて宿れ。水剣」

 氷雪狼をしまったユークが詠唱を唱える。すると、俺が腰に下げていた短剣と、ユミルが装備していた長剣が青色の光を帯びた。キラキラと輝く水の粒子は、水の付与術がかかっている証拠だ。

 でも、ワイバーンって近接戦できないよな? 俺と相性が悪い理由はそれだ。魔法のように遠距離攻撃ができるわけではない。......思いついた!

「ユーク、最上階だけ空間を切り離せないか?」

「私が空間拡張をしてユミルに真空斬をしてもらえば、出来なくはない」

「隔離結界? まあ、いいわ。兄さん、ワイバーン目視直後に始めて」

 マジで出来るんだ......。これなら何とかなるかもしれない。


 天井のない最上階。見回したけど、ワイバーンの姿はない。となれば、上か! 最上階に着いたときには青空しか見えてなかったから、今帰ってきたんだろう。魔石を回収していた間にしかその存在を確認していない時間はない。つまり、この短時間で近くの土地に被害を出してきた可能性がある。これ以上被害を広げるわけにはいかない。

「空間拡張」

「秘剣、真空斬!」

 兄妹の息の合った動きで空間が隔離される。

「マタルガーディアン!」

 隔離されたこの空間いっぱいに、俺は自分の異能を展開させた。俺が制御出来てない主な

原因は二つだ。願い方と展開領域の大きさ。普段は大きく広がりすぎる展開領域も、範囲を

指定してしまえば楽に調整できるってわけだ。

「ユーク、刃出したら付与術かけてくれ。ユミルはその間にワイバーンのどこに異常があるか見てほしい。目がいいユミルじゃなきゃ無理だ」

 二人が同時に頷いた。それを確認して、俺は自分の行動に移る。空間から無数に刃を出現させる。ユークがそれに、さっきの水の付与術をかける。

 準備はできた。さあ、始めようか。

「乱舞刃」

 水をまとった刃がワイバーンを傷つける。当然、このくらいじゃ大したダメージは入れられない。

「グガアアアァァ!」

 傷つけられたことに怒ったワイバーンが炎を吐く。けれどそれは俺の異能の守護で弾かれる。限られた空間の中、護る対象は俺たち三人だけ。異能が切れるまではいかなる攻撃も通用しない。

「見つけた! 瞳が黒くなってる。黒魔術かも!」

 ユミルが声を上げた。しかも、それを言いつつ攻撃を仕掛けている。飛び上がって翼を斬りつけたのだ。どうやってそんなにジャンプできるんだ? 身長の十倍はあるよ? 視力だけじゃなくて、身体能力全体がずば抜けているのか。そういえば、身体能力には自信あるって言ってたな。

「サント、一瞬貸してくれ。魔法使うためには守護がいる」

 そうか、俺と同じで完璧な制御ができないんだもんな。俺の作戦と同じ方法を使うことにしたようだ。強力な魔法が使えるのは大きい。

「クレヴォユーザ、マタルガーディアン、大洪水」

 目の前が水でいっぱいになる。守護がなかったらと思うと怖い。たしかにこれは制御できないな。数秒すると水は消え、さっきより明らかにぐったりしたワイバーンが現れた。

「ユミル、頼んだ! サント、返す」

「秘剣、水流斬!」

 ユークが異能を解除するタイミングで、水をまとった長剣が再びワイバーンの翼を斬りさいた。

 飛び上がろうと翼を羽ばたかせたワイバーンが床に落ちた。翼がずたずたで飛べないのだろう。これならあとは簡単だ。

 殺戮守護者を展開させて、刃を取り出す。柄のないナイフは更に翼を斬った。

「そろそろ大丈夫だ。ユミル」

 名を呼ばれただけで何を言いたいのかがわかったのか、ユミルは武器をしまってワイバーンに一歩踏み出した。

「ユミル!? 弱らせたとはいえ、危ないんじゃ......!」

「私がわざわざ大丈夫だと嘘をついてまでユミルを危険に晒すわけがないだろう。ユミルの特殊能力が必要なだけだ」

 焦る俺に、ユークはさも当然のようにそう言う。そうですか、シスコンですね。忘れかけてたけど、シスコン気質あったんだったわ。俺の中でユークの認識が残念な美青年になりかねないだろ......。

「今何を考えてるんだ? 私を変な目で見るな」

「いや、シスコンなのかなと」

「......いや、違うと思う。シスコンなら、そもそも戦いに参加させないだろ」

 たしかに?

「そんなことより、始まるぞ」

 ユミルがぱあっと光った。次の瞬間、ユミルがいた場所には瑠璃色のワイバーンが出現し

ていた。

「え? あれ、ユミル......なのか?」

「ああ、間違いなくユミルだ」

 混乱してる俺に、ユークが肯定する。

「わかったわよ、兄さん、サント」

 人間の姿に戻ったユミルの言葉の真意がわからず首を傾げる。

「何がわかったんだ? てか、ユミルってワイバーンなのか?」

「そっか、サントには言ってなかったっけ」

 うん、言われてないよ。ユークの情報はもらったけど、そういえばユミル自身のことは何ひとつ言われてなかったよな。

「私の能力は異能の他に、特殊な能力もあるの。生まれつきってわけじゃないし、兄さんみたいに特殊なことが起きたわけでもないんだけど、その頃から発現したの」

 絶対ユークの進化が関係してるだろ。血縁者って理由で。天界にいる天使があれだったしな。あっちで何があってもおかしくない。

「触れた対象と同じ種族になることができるの。言葉がわかるようになるのは便利なんだけど、なんでこんな能力がわたしに使えるようになったのかわかんないの」

「それで、何がわかったんだ、ユミル。時間がない。説明はあとだ」

 うぅ、何も言えない。正論すぎる。ユミルのことが自分と関係していて聞かれたくないっていうのもあってもおかしくはないけど、ここはユークに従っとこう。実際、本当に時間がない。

「そうね。まず、戦闘中にも言ったけど、瞳がおかしかった。通常は紅いはずなのに、真っ黒だったの。そうはいっても、失明してたわけじゃなくて多分黒魔術。オーブになにかあったのかもしれない」

「オーブ......。厄介だな」

「待て、オーブってなんだ」

 一つ一つ説明して!? 世間知らずの常識足らずに説明をくれ! 時間がないのはわかってるけど、必要最低限の状況説明はしてくれよ、頼むから。

「守り神として祀られている高位の魔物が持っている宝玉。さっき会話した感じ、オーブに異常があるみたい。オーブはワイバーンの巣窟にあるらしいわ」

 なんでこの塔にないんだよ。普通、このワイバーンが関わってる時点で近くにあるはずだと思うんだけど。

「なんか、嫌な予感がするんだけど......。ワイバーンの巣窟って......?」

「この塔の南東にある洞窟のことよ」

 ってことは……。

「もちろん、これから行くことになるわね。サント、ワイバーンを縛っといて。逃げられたら面倒だから」

 ワイバーンに向けて手をかざすと、光の帯がその巨体に巻き付いた。……聖力って何なんだろうね?

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血塗れの聖人 江蓮蒼月 @eren-sougetu

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