第11話 王の頼み

 王様の訪問から数日が経った。

 ユミルから完全回復のお墨付きをもらったユークはベッドから離れた椅子に座って、魔術

具の手紙を書いているユミルを見ている。ベッドから遠い位置にいるのは、ベッドに近づき

たくないからだろう。

 昨日までのユークはさすがにかわいそうだった。一日に二十時間もベッドに縛り付けるの

はやりすぎだと思う。だいぶ回復してたんだし、もうちょっとゆるくてよかったんじゃない

のか? もちろん、ユミルにそんなこと言っても丸め込まれるから言わないんだけど。こう

いうときのユミルって怖いからね......。

「よし、行っておいで、鳥型手紙」

 手紙を鳥型に折ったユミルが窓からそれを飛び立たせた。どうして飛んでいるのか不思議だ。だってこれ、村で遊んだことあるけど、折り紙だろ? 紙が魔術具なのが原因なんだろうか。

 それから二十分も経たずに、紙飛行機が部屋に飛び込んできた。どうやら王様からの返事らしい。鳥以外もいけるんだ......。

「明後日の昼食から行けばいいって。十二時前にお城に着けばいいわね」

 予定の調整したんだよな? 返信早すぎないか?

 王様の昼食ってどんなのなんだろうって、そもそも俺はお呼ばれじゃないか。

「んじゃ、その間は俺はどっか店で時間潰しとくよ」

「あ、サントも来てもいいってあるから、大丈夫」

 俺は関係なくね? 昼ごはんは食べたいけど、そんな重要そうな話をする予定っぽいのに何も知らない俺が行ってもいいものなのか? ......行くけど。

「いや、じゃあ行くけどさ。でもさ、なんで俺まで呼ばれてんの? このあいだが初対面だった上に一言も交わしてないよ?」

「うーん、聖人だからじゃないかな。相談があるって言われてるし、強い人が多いほうがいいんでしょ」

 強い、ねえ......。異能だけだよ、強いのは。強力過ぎて俺には未だに扱えない、未熟な強さ。血で染まった異能。マイナスな気持ちを無理矢理押し込める。

「聖人っていっても、俺は別に有名じゃないぞ」

「私と一緒にいたからだろう。あの王はどうも私を過大評価するところがある。私と知り合いなら絶対に頼れるとでも思ったんだろう」

 ユークはガチで強いだろ。過大評価じゃないわ。

「とにかく、実際王様がどう思ってるかはともかくとして、三人でお城に行くからね」


 二日後。

「そろそろ行くか」

「でもさ、ユーク。宿屋の前、人だかりだぞ? どうやって突破するんだ?」

 そう、王様自らこんなところに来たせいなのか、魔術具の手紙が目撃されたからなのか、宿屋の前が人でいっぱいで出られないのだ。

「飛ぶ」

 飛ぶ!? これまた突拍子のないことを......。そして説明が説明になってないのをどうにかしてくれ。二文字で理解できるわけないんだよ。

「召喚、不死鳥」

 複雑な魔法陣が空中に浮かび上がった。ぱっと目の前が赤に染まる。バサリと鳥が羽ばたく音がした。窓の縁に止まったその鳥は、燃えさかる炎の羽根をまとっている。

 思ったよりも小さいな? 不死鳥はもっと大きな__鳥類最大の大きさだったはずだ。

「宿代は払った。窓から脱出するぞ」


 窓から外に飛び出した不死鳥がぶわっと一瞬で大きくなった。なるほど、これで人の上を通るのか。正規ルートから行ったら人混みに溺れるだろうし、いい案かもしれない。

「こいつの背中に乗ってくれ。羽根に当たらないように気をつけろ」

 当たったら燃えるもんな。

 そろそろと炎の鳥に乗り移る。こんなの初めてだ。ふわふわと浮遊する感覚にドキドキす

る。

「不死鳥!? こんなレアな魔獣、どうして......!?」

 ワイワイとさらに騒がしくなる街。そこまで珍しいのか。って思ったけど、そういえば分

類が幻級魔獣だったな。なんで呼べるのさ。

「ユーク、これって......?」

「私の召喚獣だ」

 言われなくても知ってるよ。呪文でそれは察してるんだよ。

「まあ、とにかく行くぞ。遅れるわけにはいかない」

 それは最もなんだけどさ。

 俺たちを乗せた不死鳥は、ふわりと城門を飛び越えて城の中庭に降り立った。

「ユーク様、ユミル様、聖人様。ようこそいらっしゃいました」

 兵士がそう言って出迎えてくれた。俺の名前は当然ながら知らないようだ。名乗ってないしな。

「王が食堂でお待ちです。ご案内いたしますので私について来てください」

 兵士についていくと、大広間のような空間に出た。ここが目的地の食堂らしい。一番奥の立派な椅子に王様が座って待っている。

 俺たちが案内された席に座ったタイミングで王様が口を開いた。

「ユーク殿。回復したようで何よりだ。さて、我が国の恩人には申し訳ないのだが、頼みを聞いてはもらえるか」

「そのために私はここにいます。ですが、先に食事にしませんか? 話は長くなりそうですし、料理が冷めてしまいます」

 この兄妹はどうして王様にこうも堂々と自分の意見をぶつけられるんだろうか。

「それもそうだな」

 王様も納得するんだな。

 王様が肉と野菜を皿に取り分けて食べ始めた。それが招かれた側の食事開始の合図だ。一泊置いてから、ユークは魚を、ユミルは野菜を食べ始める。

 かくいう俺は肉を食べている。ジューシーで美味しい。前世を含め、今まで食べたものの中で一番美味いと胸を張って言える。前世がホームレスでろくなもの食べてなかったからっていうのもあるんだろうけど。


 昼食が終わったらいよいよ本題だ。

「ユーク殿、ユミル殿、聖人殿」

「俺、サント・マーダーです。自己紹介が遅れてすみません」

 今しかない、と思って自己紹介をする。ユークたちのときといい、今といい、俺は自己紹介が遅いようだ。自己紹介なんてする機会が全然なかったせいではあるけど、これからは気をつけないとな......。

「私はプラーミャ王国の王、ソクラティスだ。ユーク殿、ユミル殿のことは知っているであろう? この国の英雄だ」

 何をしたかまでは知らないけど、まあいいや。そこまで細かく聞くことはないだろう。

「改めてユーク殿、ユミル殿、サント殿。依頼したいことがあるのだ」

 依頼? 英雄とはいえ世界中を放浪する旅人であるユークたちや、何の関係もない俺にわ

ざわざ頼むってことはそれほど追い詰められているのだろう。

「この国の北東に塔がある。そこにはある魔物が住みついているらしい。兵士を向かわせてみたが、全員が重症を負って帰ってきた。死亡者も出ている。ぜひとも討伐してほしい」

「......情報は」

 手短にそう問うユークを、ユミルがキッと睨んだ。

「兄さん!」

 これ以上心配させないで。そんな言葉が聞こえるようだ。威嚇する子猫みたいに不安そうな顔に胸が痛む。ついこの間ユークは無理をした。こんなのが続いたらユミルと俺が精神的に持たない。

「何事も、話を聞いてからだ」

 冷静に考えれば、ユークの言い分は正しい。話くらいは聞くべきだ。ユミルも同じことを思ったのか、渋々ながら頷いた。

「......続けてくれ」

 丁寧な態度は消えていた。一見無表情に見える表情が、焦っているようにも見える。まるで、この先の言葉をすでに知っているかのように。

「ああ......。その塔には強力な魔物が住んでいる。そいつは夜な夜な周辺の村で暴れているらしい。数年前に塔に封じ込めたんだが、その封印が薄れてきたようなのだ。あれも魔術師たちを何人も犠牲にしてまでしたものなのだ。今回は魔術師ではなく騎士たちに任せてみたが、最初に言ったように無理だった。我々では勝てぬ。そいつは——」

「......ワイバーン」

 ユークの呟きに王様が目を丸くした。

「なぜ、それを」

 図星だったようで、王様が絶句する。それは俺も同じだ。

「あ......いや、噂で聞いたことがあっただけだ。で、そいつの特色は」

 ユークは話を逸らすように問いかける。王様はそれを信じたのか、引っかかりはしたものの問い詰めている場合ではないと踏んだのか、律儀にその問いに答えた。

「赤だ。炎系統だな」

「兄さん、やっぱり危険よ。兄さんが得意なのは氷系統、わたしは炎系統。不利な戦いに自ら行く理由はないわ!」

 王様の発言に、今まで黙っていたユミルが叫んだ。相性的に氷系統は分が悪いし、同系統は攻撃を取り込んで回復するようなやつもいる。俺たちが行くのはたしかにリスクが高い。

「それも一理あるが、受けよう。この依頼」

 正気か!? ユミルがわなわなと身体を震わせる。

「放っておけば被害が拡大する。......それも、急速に」

 ユークの言葉に、ユミルは言葉に詰まって空を睨んだ。平和主義者の彼女からして、被害は最低限に収めておきたいのだろう。だけど、相手のタイプが悪い。だから、無謀な戦いはしたくない。二つの気持ちに板挟みにされて葛藤しているのがわかる。

「サントは無系統だ。主戦力を任せる。それなら可能性が上がるだろう?」

「まあ、そうね。兄さん、無茶だけはしないでね。こないだ倒れたばっかりなんだから」

 おい待て。話を進めるな。聞き捨てならないこと言われなかったか? 俺がメインアタッカーだとかなんとか......。まず本人の了承を得ろ! 報連相を教えておきながらまたこんなことを......!

「サント、行くわよ! さすがに対策しないと」

 その言葉とともに、固まった俺はユミルに引きずられて退室した。

「まったく、ぼんやりしないでよね」

 誰のせいだと思ってんだ。

「とりあえず、作戦を練るぞ。依頼は受けたけど、水系統は召喚獣にもいないからな。そこ

らの魔物なら力押しできても、竜種相手じゃ無理だ」

 ユークってそんなにパワー系じゃなかったはずだろ。力押しって言葉を聞くことになるとは......。てか、勝算低いのに受けるなよ。

「水系統の付与術は使うんでしょ?」

 付与術。対象の人物、ものなどに系統別の効力を付与するものだ。かなり高度な魔法で、

それを使える者は国家単位で希少な存在といえる。俺が思っていた以上にユークは凄いらしい。

「ああ。それと、ワイバーンは弱らせるだけだ。ウェアベアーと同じように。私は攻撃魔法の威力調節は苦手だから、威力が弱いか殺すかになる。当てにするな」

 力をまだ制御しきれないんだ、と言うユークと自分が重なる。強い力を扱えないのは俺だけではないようだ。

 いや、それよりも。

「弱らせるだけって、どういうことだ? あのときとは違うだろ? 討伐が目的のはずだ。生き物を殺すのは嫌だけど、ユークの言い方じゃ、国全体が危険になるのも時間の問題なんだろう!? 消滅させたほうがいいはずだ」

「あのワイバーンは生かさないといけないって理由があるのよ。プラーミャにとって、ね」

 そういえば、ユークの強さを知っていながら不利な戦いって言ってたな。ユミルも割と最初から状況を理解していたのかもしれない。

「そうだ。炎系統の特級竜種はプラーミャの守護竜。暴れている原因が取り除かれない限り意味がない。このまま暴れられると国が持たない」

「時間がないって——まさか、被害拡大どころじゃない本当のタイムリミットか!?」

 思っていたよりずっと深刻な事態のようだ。

「ああ。そういうわけで、明日にはここを発つ」

「わかった」

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