第9話 目覚めたユーク

「——ってことなの。まさか師匠が知ってたとはね。最後にわたしにだけ教えてくれたの。兄さんには秘密だからね。あと、兄さんのことは他言無用だから」

 たしかに、すべてを知っている側からすれば追い出されたであってるな。ユークからみたら捨てられたでもおかしくないし、これが兄妹で言ってることが違う原因か。

「ってか、他言無用なら俺にも話さなかったほうがよかったんじゃないか?」

「サントは平気よ。こっちも色々知っちゃってるしね」

 転生者だとは言ってないし、ましてや犯罪者なんて教えてないんだから俺のほうが色々知っちゃってるんだけど。

「なあ、ユークはなんで聖人に——俺に会いにきたんだ?」

 今思えば、ユークが村に立ち寄ろうとした理由は結局はっきりしていない。『私がこの村に立ち寄ろうと言ったからだ。プラーミャに行く前に聖人の住む村を覗いて見たかったんだよ』——冷静に考えてみれば、違和感がある。近くに住んでいる者ならば俺の噂が広がっていてもおかしくない。むしろそれが自然だ。だけど、ユークたちは村の周辺に住んでいたわけではないはずだ。俺のことを知っているのは些か不自然ではないだろうか。

「わからない」

 ユミルなら教えてくれるかと思ったが、返ってきた言葉はそれだけだった。

「真相は兄さんしかわからないわ。わたしは知らない。兄さんに直接聞くしかないわね」

 まあ、本人に聞くのがたしかに一番正確だろう。さっき説明が壊滅的に下手だって聞いた

ばかりで不安だけど、殺戮守護者の真実を説明してくれたときはまともな説明だったし大丈夫かな?

 話の中心になっている人物はまだ眠っている。起きる気配がない。ユミルと話している間に昼から夜になっていた。爆弾騒ぎの情報が一気に広がったようで、外は騒がしい。

「サントもそろそろ寝たら? 兄さんはわたしが看とくから」

 いやいや、ユミル一人起きてるのもどうかと思うよ? 俺だって助けてもらってる。起きて看ておくのは当然だろう。負担を押し付けるほど無責任じゃないさ。

「じゃあ、先に寝といて。途中で交代しましょ」

「わかった。五時間後くらいか?」

 交代で看る提案を受け入れ、かつ時間を聞いておくことで念を押す。俺の意図に気付いたのか、ユミルはため息をついた。その反応、起こす気なかっただろ。

「そうね、それでいいわ。ちゃんと起こすからさっさと寝なさい」

 母親かよ、と思ったが口には出さない。ユミルは俺より年下だったしね。一つだけど。今

は十六歳らしい。ユークが言ってた。ユークはユミルより二つ上。俺よりお兄さんの十八歳

だ。年下に勝手に決められるのはちょっとだけ癪だけど、ユミルだから仕方ない。出会って

数日だけど、彼女が一度言ったら聞かないのはわかっているからだ。

「じゃあ、おやすみ」


「ほら、起きて。約束どおり五時間経ったわよ」

 ユミルの声に意識が浮上する。

「ユーク、まだ起きないのか?」

 目が覚めてすぐに口をついて出た言葉は、ユークの容態についてだった。

「起きてないわ。まあ、少し楽にはなってるみたい。熱も下がり始めたし、朝になる頃には目が覚めるんじゃないかしら」

 それを聞いて、少し安心した。ゆっくりではあるが、回復しているのがわかる。ユミルと交代した俺は、ユークの様子を看るためにベッド横の椅子に腰掛けた。

 時間の感覚があまりないが、それから二時間、いや三時間経っただろうか。ユークの瞼がピクリと動き、ゆるゆると開いた。

「ケホッ、サント......?」

 喉が乾燥してしまっているのだろう、一つ咳をして俺の名前を呼ぶユークの声はかすれていた。

「よかった、起きて。半日も寝続けるとは思わなかったよ」

 言いながらコップに水を注ぐ。渡そうとして、怠いのかその手をぎこちなく伸ばす彼が自分で支えるのは厳しそうだなと感じ、コップをユークの口元に近づけた。少しずつだが確実に水分を取るユークの姿に安堵する。もう少しで本当に脱水症状になるところだったのだ。——もうすでになってた気もするけど。

「乗客は無事か? ユミルは? ここはどこだ?」

 水を飲み終わったユークは、寝起きとは思えない勢いで質問を重ねてきた。

「乗客は無事。ユークの異能のおかげだよ。もちろんユミルも大丈夫だ。ここは現場から一番近い宿屋。お前さ、自分の心配しろよ。一番ダメージが大きかったの、他でもないユークだろ。てか、お前以外の乗客は一切ダメージ受けてないからな」

「ユミルが無事ならいい」

 シスコンですか? 前世のホームレス仲間にもいたよ、妹こそが我が命だっていうシスコンが。ユークはクールでドライだと思ってたけど、妹に関しては違うってことかな? ユミルが話してくれた昔話からしてもそんな感じがする。

「私は何時間寝ていた? ユミルも心配していただろう?」

「十時間くらいか?」

「なるほどな」

 自覚あるなら最初から無理するなよ......。そう思いつつ答えてやると、なぜかなるほどと返ってきた。意味わかんない。何が聞きたかったのさ。質問はもっと明確に!

「兄さん、起きたの!? よかった。サント、兄さんが起きたなら起こしなさいよ」

 やりとりの声で目が覚めたのか、ユミルが起きた。そういえばユミルのこと起こすの忘れてたけど、さっき寝たばっかりだし、覚えてても起こすのも悪いだろ......。いや、この場合起こさないほうが悪いのか? あんなに心配してたもんな。

「兄さん、大丈夫なの?」

「正直、身体はまだ怠い。寝すぎたからかもしれないけど。とにかく、私は大丈夫だよ。それより、王への謁見はどうなった?」

 今初めて知ったけど、ここに来た目的ってまさか——。

「この事件のことは王もご存知よ。それと今日、直々にここにいらっしゃるそうよ。昨日連絡がきたの」

 初耳ですけど。王様くるの? 説明がほしい。報告、連絡、相談が大切だって教えてくれ

たのユミルなんだけど? この兄妹、言葉が足りないこと多すぎない?

「そうか、わかった。王がいらっしゃったら起こしてくれ。私は寝る」

 俺は置いてけぼりですか......。何度目だろう。この二人は俺がついていけない話ばかりす

る。

「わたしたちは旅をしてる。その話はしたでしょ? 兄さんは前にもこの国で人助けをしたことがあるの。それで、この国の王とは知り合いなのよ。話があるとかなんとかでここまできたの。それ以上は知らないわ。手紙にも書いてなかったし」

 あれ? ユミルも説明得意じゃない? わかりづらいっていうか、中途半端っていうか。『それで』ってとこからぶっ飛んじゃってるんだけど。いやいや、昔話はわかりやすかったし......。あああ、混乱する。

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