第8話 フリーデン兄妹の過去
「兄さ、ん......」
大怪我を負ったユミルにユークが駆け寄る。肩ほどの長さの水色の髪が動きに合わせて揺れた。彼は珍しく焦っていた。助けを求めようにも、森には二人以外に人間はいなかった。
「ユミル、平和主義者は......っ?」
失血のために白くなったユミルの頬を、涙が伝う。ユークもわかっているはずだと、ユミルは思った。彼が焦りを感じている原因だからだ。致命傷だった。そんな傷を受けた状態で異能を使えるわけがない。
異能封印者__人の異能を封じる能力を持つユークにできることはない。素人目に見ても助かることがないのはわかりきっていた。それでもユークは妹の命を諦めきれなかった。ただ一人の肉親を失うのが嫌なようだった。海色の瞳からポロポロと溢れる雫が、彼に握られたユミルの手の甲に落ちる。ユミルが初めて見る、ユークの泣き顔だった。親が殺されたときでさえ涙を堪え、それを一粒さえ流すことがなかった兄が泣く姿に、ユミルは自分が彼にとって一番失い難い存在なのだとわかって静かに微笑んだ。もう長くないことを、ユミルはその身で感じていた。
「兄、さん......?」
最後の言葉を残そうと口を開いたユミルの言葉は疑問形になって途切れる。兄が__ユークが虹色の光に包まれていたからだ。神々しい。保つのも難しくなりだした意識の中で、ユミルはそう思った。
「簒奪利用者! 平和主義者、治癒!」
聞き覚えのない異能名に続いたのは、自分の持つ能力名と技名。淡いピンクの霧のようなものに包まれると同時に消えていく痛み。致命傷だったはずの傷が完治している。
ユミルは飛びかけていた意識を引き戻して自身の兄を見た。荒い息をするユークは、目を丸くした妹の顔を見て安心したように笑う。隠しきれない驚きに、ユミルはどんな顔をすればいいかわからなくなった。
「兄さん、何をしたの?」
目前まで感じた死から逃れられた理由がわからなくて、ユミルはそう問う。その表情は、今起きたことが信じられなくて呆然としたような戸惑いのまま変わってはいなかった。
「何か、神様に会って」
「神様? 会う?」
一番最初から混乱しながら、ユミルは思った。そうだ、兄さんは説明だけは壊滅的に下手くそだった__と。
「その後、異能が進化して」
突拍子のないことをサラリと言われて、ユミルは頭がくらくらしてきた。異能の進化なん
て、前代未聞だ。
「ユミルを助けることができた」
ユークの説明は、ユミルにはさっぱり伝わらなかったが、とにかく彼が危うい立場にあることだけはわかった。二人だけでいたことが功を奏したらしい。人に聞かれるわけにはいかない内容だ。
神に会った人間はいない。少なくとも、ここ千年の歴史の中では。ただ、古から伝わる言い伝えによると、神の前を訪れることができたものは神人と呼ばれ、その者の望む力を一つ授かることができるらしい。
他人に知られたら、間違いなく世界規模の大問題になる。だからユミルは、ユークを人目につく場所から遠ざけたかった。次の日から、ユミルは師匠に追い出されそうなことを始めた。師匠の言いつけを守らず、何もしないでいたのである。
師匠は水晶玉で常に弟子たちを見ていた。己の師が弟子に裏切られたからだ。その二の舞いにならないように、彼女はこっそりと監視をしていた。水晶玉越しにこの出来事の一部始終を見ていた彼女は、ユークとユミルを追い出した。
それからは二人旅だ。行くあてもない、終わりなき旅を続けることになった。
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