第6話 炎都の事件

 山道を抜けた先は、草原だった。膝ほどまでの高さの草が広がるそこは、俺が今まで見てきた景色の中で一番広かった。青い空と草の黄緑がきれいだ。

「この先がプラーミャ。炎の都とも呼ばれているわ」

「ジャーマ・ディユ__炎神を祀る都市だ」

 炎神か......。本に載っていた情報では、火属性の魔法を操る軍神だったかな。とにかく血気盛んなイメージがある。それより、今、何を......? ジャーマ・ディユって、何だ? 聞こうかと思ったけどやめた。触れてはいけないことのような気がする、なんとなくだけど。

 それにしても、詳しいな。旅を続けて長いのかもしれない。

「二人は、どうして旅に出たんだ? 俺とそう歳も違わないだろうし、なんか事情があるんだろ?」

 俺もかなりのワケアリだ。十代で旅をするのは、少なくとも村の中ではありえなかった。山奥の小さな村だったこともあるだろうけど。

「......それは......」

 ユークが言葉を探しているように押し黙った。

「言いたくないならいいんだけどさ、ほら、俺みたいになんか事情があるんだろうなって

思っただけだから。俺みたいな無茶苦茶な理由じゃないといいなって、さ」

 重い空気を振り払おうと、ちょっと軽い口調で言ってみる。

「......師匠に捨てられた」

 ああ、ナルホドね。てことは、親がいないのか? 聞かなきゃよかったかな、こんな空気になるんなら......。

「そっか」

 そう返すのが精一杯だった。過酷な旅を続ける目的は、聞こうにも聞くことができなかった。というか、できるわけがない。一層重くなった空気に気まずい沈黙が流れている。不自

然なまでに無言のまま、俺とユークはただただ道を歩いていた。

「二人とも、見えたよ!」

 先を歩いていたユミルの弾んだ声に救われた。数日前に出会ったばかりだっていうのに、もう何度彼女に助けられただろうか。薄っすらと遠くに見え始めた巨大な影に瞳を細める。

 丸二日かけて草原を突っ切った俺たちは、入国のための手続きを行ってプラーミャに入った。村の中にはありえなかった、白くて大きな建物。前世のビルほどではないけど、それらの建物は高くそびえ立っている。

「うわ、すご......。で、これからどこ行くんだ? ここが目的地ってことは、行く先があるんだろ?」

「兄さん、目的地はお城でしょ? お城まで遠いし、今回は魔車で行く?」

 城? 何をしにそんなとこ行くんだ? 魔車ってなんだ?

「そうだな。ここの正反対だし、そのほうがいいかもしれない」

 ユークも納得してるし、二人についていけばどうにかなるだろう。多分。

 しばらく雑談をしていると、音もなく魔車が到着した。なんか見たことあるような? ああ、そうだ。乗ったことは当然ないけど、前世でいう電車じゃないか。それを思い出して、ちょっと気になることができた。こんな乗り物で移動するくらい城まで遠いのか?

「魔車、初めて......」

 思わず声に出していた。それに頷いて同意を示してくれたのは、やっぱりユミルだった。

「わたしたちも初めてなの。ね、兄さん」

 ああ、そうだな。早く乗れ、とユークは返して魔車に乗り込んだ。

 そこまではよかったのだ。

「いやああああぁぁぁっ!」

 突然、車内に絶叫が響いた。当然ながら周りはパニック状態に陥る。前世でも、事件を起こしたときは必ずそうだった。別に俺は慣れっこだから冷静に状況を整理する。......声を上げたのは、あの女性か。

「どうかしたんですか?」

「爆弾が......事故、爆発......。いやっ、死にたくないっ!」

 話しかけてみるも、まともな答えは返ってこない。まったく、どうすればいいんだ。爆弾とかいう危険過ぎる単語を口走っていたし、なんとか話を聞きたいんだけどな......。

「異能か?」

 ユークが急に口を挟んできた。その問いに、女性はこくんと首を縦に振る。

「借りるぞ。簒奪利用者」

 ユークの異能。俺にしたように探ったのだろうか? 彼の能力はいまいちわからない。

「未来予知」

 そう呟いたユークの顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。

「線路に爆弾......。死傷者多数か。わかった、返す。サント、ユミル、能力借りるぞ」

 どういうことかわからないまま、俺はされるがままに異能を使われる。

「兄さん、二人同時なんて正気なの!?」

「......話についていけないんだけど、どういうこと?」

 まあ、ユミルがそんな言い方するってことは、無茶するつもりなんだろうけどさ......。そして、どうやらそれは正解のようだ。彼女が言うには、ユークの異能は対象に触れることで他人の異能を奪って__いや、借り受けて使うことができるというものらしい。ただ、二人以上の異能を同時に扱ったことは今までになく、訓練もしていない今、ぶっつけ本番で実行するのは命を投げ出すレベルで危険なのだそうだ。

「殺戮守護者、平和主義者、融合」

 正反対ともいえる二つの異能を融合させたユークは、そのまま魔車の屋根をすり抜けた。直後に魔車が膜に包まれる。それから十秒も経たないうちに、くぐもった爆発音が連続で聞こえ始め、魔車が急ブレーキをかけて止まった。

 ダンッと音がして、上からユークが落ちてきた。どうしてすり抜けているのだろうか。まさか、半分霊体だなんていわないだろうな......。

「解離……返、す」

 俺たちに異能を返した彼は、そのまま倒れ込んで気を失ってしまった。流れる汗がぽたぽたと魔車の床に落ちた。

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