第4話 惨劇

 起き上がっても、視界に映る景色は何一つ変わっていなかった。重い身体を起こして村を見渡す。......おかしい。誰もいない。何でだ? 襲撃前と変わらない村の様子、放置されている山賊。俺自身が言うのもなんだけど、子どもには刺激が強すぎるぞ? 何で処分されてないんだ。混乱している頭がガンガンと痛む。                                                         

 ......まさか、護れなかった? いや、誰一人として逃していないはずだ。最初に乱舞刃で全員の気を引いて、そのまま殲滅したのだから。

「ちょっと、何よこれ......」

 知らない声がした。

「兄さん、ちょっと待ってて。様子を見てくるから」

 足音が、俺の前で止まった。

「生きてるわね。......平和主義者、治癒」

 淡いピンク色の光が俺を包み込む。少女は治癒系の異能者らしい。

「大丈夫? 喋れる?」

 可愛らしく、それでいて芯の通ったような凛とした声。瑠璃色の髪が風に煽られてふわりと揺れる。銀色に光る甲冑が、少女が騎士であることを物語っていた。

 異能の乱用による熱でだるいのは変わっていないが、身体中にできていた傷はきれいになくなっている。俺はふらつきながら起き上がった。

「__あぁ、喋れる」

 俺の答えから一呼吸置いて、少女が口を開いた。

「これ、あなたがやったの?」

 空色の瞳が細められた。怒っているんだ、と肌で感じる。可愛い子が怒るのは中々に怖いな。下手に言い訳なんてしないで、正直に言ったほうがいいことが察せられる。

「......そうだ。俺が、みんなを護るために殺した。__そういう異能だ」

 血まみれの広場を一瞥して返す。最後の一言は言い訳のようにボソリと呟いた。それにしても、どうして見ず知らずの人にこんなこと言われないといけないんだ......。

「急に色々言ってごめんなさい。能力名でわかったかもしれないけど、わたしは平和主義者なの。こんな酷い惨状、見ていられなくて......。それより、お願いがあるの。兄さんが倒れちゃって......。どこかで寝かせてもらえる?」

 そういえば、最初に兄さんって聞こえたな。怪我はこの少女が治せるようだし、病気にでも罹ってしまったのだろうか。

「わかった。一緒に行こう」

 二人と一緒に帰ろう。みんなに安全を知らせないと。


 水色の長髪が印象的な青年がぐったりと木にもたれかかっている。閉じられた瞳を、長い睫毛が主張していた。

「兄さん、大丈夫? 今から移動するから、捕まって」

 背を向けてしゃがみこんだ少女に、青年はうっすらと瞳を開いた。

「いい。肩、貸してくれれば動ける」

「さっきから、そればっかり。まったく、そこまで無理するってどうなってんのよ......」

 口ではそう言っていても、その口調には心配の色が滲み出ていた。細い肩を兄に貸す横顔は泣きそうに歪んでいる。本当なら、俺が青年を背負って運べれば良かったけど、俺の体調も万全ではない。早く戻って休まないと......。

「こっちだ。俺の家が一番安全だから、みんなもいるはず」

 家に入った。不気味なほどにしんとしている。人の気配が感じられない。

「ねえ、ほんとに人がいるの?」

 見るからに強気な性格の彼女の震えた声に、俺まで不安になってきた。ゆっくりと一段ずつ階段を登る。

 階段の踊り場の鏡に写った自分の顔は焦りと不安が渦巻いていた。嫌な汗がツ、と背筋を流れる。

 血の匂いがした。

 俺は二人を置いて駆け出した。自分の身体がボロボロなことにでさえ、かまってなどいられない。バンと勢いよく開けたドアの向こうに答えがあった。そこにいたのは、血みどろになって倒れている村のみんなだった。誰も、息をしていない。声すら上げることができず、俺は膝から崩れ落ちた。

「これ......」

 追いついてきた少女の呆然とした声。目の前のことが錯覚ではないのだと、その声に思い知らされる。

「殺されたんだ......。みんな、みんなっ、俺が山賊を全滅させられなかったから! 俺が殺したようなもんだ!」

「......簒奪利用者」

 ぽん、と背中を叩かれた。

「ちょっと、兄さん! そんな状態で異能を使うなんて命知らずってわかってんの!?」

「わかってる。ただ、これ、山賊じゃないと思うから......っ! ……返す」

 がくんと彼の身体が傾いた。

「ほら、無理しないで! どれだけわたしを心配させれば気が済むの!」

「悪い、でも、わかったから......」

 宥めるように言い訳する兄に、彼女は細い眉を吊り上げた。

「後でいいわよ! 早く休めるところに案内して。このことは兄さんが何かわかったみたいだから」

 たしかに、失われた命を悔やむのは後だ。悔やんでも悔やみきれないくらいだけど、現実が覆ることなんてないのだから、優先すべきは自分たちの回復である。思い出したように涙が溢れて、視界が曇った。

 部屋を出る。他の部屋には行かずに、そのまま外に出た。農家の家に入る。俺の家にいることは精神的に無理だった。長椅子に預けた身体が重い。木でできた長椅子は身体を疲れさせるだけだった。

 正直に言ってしまえば、今すぐにでも青年を問い詰めたいくらいだ。それができるような状態ではないことは嫌でもわかっている。

「あれ、気になってるんでしょ? 明日には兄さんも説明できるくらいには回復してると思うから、とりあえず今日は寝たら?」

 心を見透かされたような気分になる。少女の言うとおりだ。休まないと。一人生き残ったのに生きることを放棄するようなことはできない。

「そうだよな。__おやすみ」

 目を閉じることで、俺は半ば強制的に眠ることにした。


「おはよう。兄さん、もう起きてるわよ。話聞くんでしょ、行く?」

「もちろんだ」

「わたしも気になるから行ってもいい?」

 その問いに頷くと、こっち、と少女は俺の袖を軽く引いた。扉一枚隔てた部屋で、青年は食卓のイスに座って俺を待っていた。

「昨日は色々迷惑をかけたな、悪かった」

「いや、いいけど......。身体は大丈夫なのか?」

 逸る気持ちを抑え込んで聞く。話は聞きたいが、無理をさせるわけにもいかない。

「ああ。怪我の影響で軽く熱が出ていただけだから。その怪我も治療済みだし、問題ない。それから、名乗り遅れたね。私はユーク・フリーデン。ユミルの兄だ」

 それを聞いて、自己紹介をしていないことに気がついた。

「俺はサント・マーダー。それよりユーク、昨日、何がわかったんだ? 教えてくれ」

「......覚悟をして聞いたほうがいい。あまりにも残酷だ」

 急かした俺に、ユークがそう前置きをする。汗ばむほどの緊張が場を支配していた。ユークの海色の瞳が細められる。

「サントの能力は『殺戮守護者』だ。願いの方向が少しでもずれると大惨事を引き起こす」

 何で、俺の異能名を知っているんだ......? 二人には言っていないはずなのに。                                                       

「申し訳ないけど、私の異能で確認させてもらったよ。......今回この異能を使ったとき、どう願った?」

 どう、願ったか? ユークは異能を通してわかっているのだろう。それなのに、どうしてそんなことを......?

「そりゃ、みんなを護れるように__」

「違う」

 俺の言葉を遮るように、食い気味にユークが否定を口にした。

「気持ちはそうだったのだろうが、実際に願ったことは『村を護る』だ。この二つは大きく意味が違う」

 たしかに、若干意味が異なる。それがなんだというのか。首を傾げる俺とユミルに、ユークはその続きを声にした。

「村は、護れているだろう? 家も畑も、何もかもが変わっていないはずだ」

 そこまで言われればわかってしまう。気づいてしまった。真実はユークの言ったように残酷で、俺の小さな間違いが大惨事に繋がったものだった。

「......つまり、こういうことか? 俺は、自分の能力で村を護る代わりにみんなを犠牲にしたってことなのか?」

 こくり、と頷かれた。絶望に染まった心がさらに絶望に落ちる。俺のせいで、またも多くの命が失われてしまった。

「俺、もう生きてちゃいけないんだ......。こんなことになるなんて、思ってもいなかった。俺がちゃんと自分の異能のことを理解していればよかったのに!」

「何言ってんの! しっかりしなさいよ。あんた、聖人なんでしょ? 兄さんが言ってたもん。聖人としての仕事をしなさいよ。生きなきゃだめなの。じゃないとわたしが許さないから! 異能使ってでも生かすから!」

 ユミルの言葉が心に刺さる。そうか、俺は聖人なんだ。やるべきことをやらないと。というか、ユークは何でそこまでわかったのさ。

「サント、わたしが教えてあげる。胸を張って生きる方法。だから、わたしたちと旅に出ない?」

 ユミルが生きる目的を差し伸べてくれた。

「これから炎の都に行く予定だったんだが、それでいいなら一緒にくるか?」

 ユミルの提案にユークも乗ってくれた。昨日が初対面なのに、二人とも優しいな。

「ありがとう」

 旅に出よう。二度とこんな失敗をしないようにするために、旅に出て修行してこよう。今度こそ人を護ることができるように。

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