第2話 聖人とは
気が付くと、自分の部屋だった。どうやらあのあと、力尽きて眠ってしまったらしい。昼過ぎらしく、窓の外が明るい。
「おはよう、サント。昨日はお疲れ様。まだ熱があるから、大人しく寝ていなさいね」
ああ、熱を出しているのか。通りで体が熱いわけだ。
「何かあったらすぐに言って。今日はずっとあなたのそばにいるから」
前世ではありえなかった優しさに嬉しくなる。一日を生きるのに必死だったときには、風邪で寝込んでいても面倒を見てもらったことなんてなかった。そもそも、俺が十歳になる前に両親はそれぞれ窃盗と強盗殺人で逮捕されてしまったために、世の中でいう「親らしいこと」なんてろくにしてもらってなかったのだ。
「どうしたの? どこか痛い?」
何で急にそんなことを聞くのかと思ったら、頬に涙が伝っていた。
「大丈夫。......ねえ、母さん。今更なんだけど、俺ってどうして聖人って呼ばれてるの?」
本当に今更な上に衝突だけど、今くらいしかまともに話を聞くことなんてできないだろうし、転生してからずっと疑問に思っていたんだからこの機会に聞いておいてもいいだろう。
「そうね......。たしかに、あなたに話したことなかったわね。いいわ、昨日は難しい言葉をたくさん使っていたんでしょう? そろそろ理解できるかしら。__あなたの血液型よ。普通は両親の血液型だけの影響を受けるの。だけど、サントはそれだけじゃなくて、神様の加護を受けた血液型なの。だからあなたは聖人なのよ」
あー、なるほど。よくわかんない。多分、天界で直接異能を受け取ったことが影響しているのだろうけど、その場合だと俺以外の聖人って当てはまるのか? まあ、神からっていうよりは天使からもらってるし、それも正しいのかわからないな。まず、転生者って時点で俺だけが特殊な気がするんだけど。おおぅ、常識が通じない。そして俺の常識は常人のそれではない。
いや、そんな事よりも......。
「神様の加護って何?」
いくら考えても全然わからない加護について聞くことにして口を開く。わからなかったらストレートに聞けるのって、子どもの特権だな。
「世界の理が通用しない、聖なる力のことよ。それくらいしかわかってないの」
つまり、そういうものだと受け入れろと。これは考えるのを放棄するのが良さそうだ。
「とにかく、あなたは神の加護を受けて生まれたから聖人と呼ばれているの。ちょっと難しい話だけど、これで良かったかしら」
「うん。ありがとう、母さん」
そうは言ったけど、難しい話は幼児の頭じゃすぐには処理しきれない。うぅ、めちゃくちゃ寝てたはずなのに眠くなってきた......。
次に起きたときにはカーテン越しに部屋が朝焼けに染まっていた。そして身体のだるさが消えている。熱が下がったようだ。
昨日は寝たのが早かったせいか、早い時間に目が覚めてしまった。暇だ。一昨日と同じようにイスを使って部屋から出る。
「サント様! お早いですね。どうかなさいましたか? 熱で寝込んでいらっしゃったのでは?」
「熱は下がった。早く目が覚めただけ。別に特に理由はないよ」
ああ、そういえば一昨日は鏡を探そうとして失敗したんだったっけ。使用人ならこの家のことを知っているだろうし、教えてもらおう。
「ねえ、鏡ってどこにあるの?」
「姿見ですか? 二階に続く階段の踊り場にありますよ」
やっぱり人に聞いたほうが自分で探すよりずっと早いな。これで場所もわかったことだし、さっそく行ってみようと思う。
鏡に写った自分を見て、一言で言うなら驚いた。
幼児であるからというのもあるだろうし、自分で言うのもなんだけど、可愛いな......。透き通ったガラス細工のような紅い瞳。見る角度で色が変わる、繊細な色だ。ライムグリーンの短髪はふわりとしていて、幼さが際立っている気がする。うわぁ、自分じゃなかったら惚れてたわ、絶対。......って、こんなに可愛くても人殺しなんだよなぁ。
「はぁ......」
思わずため息がこぼれた。
「あれ? サント様、どうかしたのですか?」
パンが入った籠を持った料理人が階段を登ってきていた。母さんの部屋に向かっていたのだろう。
「いや、人殺しになっちゃったんだなって思って......」
「何を仰っているのですか! サント様はわたしを、わたしたちを守ってくださったのですよ! 守護者ならばともかく、人殺しではございません。あれは正当防衛と言うのです!」
ガシッと俺の細い肩を掴んで、料理人が声を荒げた。両手が離れた籠が地面に転がって、パンが宙を舞った。
「どうしたの? 朝から......」
母さんが異能でパンを受け止めて、傍から見たらよくわからないことになっている俺たちを見下ろしている。ちなみに母さんの異能は片手で持てる大きさのものの重力を操作することができるというものだ。
「サント様が先日のご自身の行動を悔いていらっしゃったので、つい」
「そう。......サント、あなたは正しいことをしたの。気に病むことはないわ」
言い聞かせるように母さんが言う。普段は優しい母さんなのに、俺を洗脳しようとしているような態度に背筋が寒くなった。
ああ、そうか。俺が平穏を壊したんだ。——キニヤンデハイケナイ。平穏を取り戻さないと。それが聖人の役割だ。過ぎたことは考えてはいけない。こんなの、前世で慣れっこだ。
「そっか、わかった。俺が正しいんだね? 俺は護れたんだね?」
「そうよ。あなたは正しい。あなたは護ることができた」
忘れよう。それがいい。大人の思うように振る舞えばいい。それで平穏は戻ってくるはずだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます