第1話 転生初日
目を覚ますと、どこかの部屋だった。本当に転生したらしい。
「サント、おはよう」
母親らしき人の声におはようと返す。彼女は俺の返事を聞いたあとすぐに部屋を出ていった。忙しいんだろう。そういえば、おはようって言ったけど昼じゃないか? そうか、昼寝の後なのか。
サントの記憶によると、俺は四歳になったばかりらしい。昼寝は最近回数が減っているものの、この様子だと全くしなくなるのはもう少し先のようだ。自分の容姿はまだはっきりと分かっていない。というか、幼児の記憶ではほとんど何も分からない。ただ、村の人には聖人だと思われているらしいことだけはわかった。
それにしても、生まれ変わってサントとして生きてきて、今になって前世を自覚したのだろうか。それともサントの身体を乗っ取る形で憑依したのだろうか。恐らく前者のはずだ。新たなる生だって言ってたしな、あの天使。ていうか、後者は怖すぎる。殺人犯でも怖いと思うことくらいあるさ。
ふぁ、幼児の頭じゃ考え事も一苦労だ。脳が小さいのに色々考えすぎたせいか頭痛がしてきた。大きく息をついてゆっくりと酸素を巡らせる。しばらくすると頭痛は落ち着いてきてきたが、問題は何も解決していない。
「__鏡って、どこにあるんだろう?」
サントは今まで聖人として崇められて大切にされすぎて、家の中すらまともに歩いたことがないようだ。
むぅ、厄介すぎる。通路の把握くらい、当然していないといけないだろう。路地裏を網羅していた前世の記憶が蘇る。あのときは生きるのに必死だった。盗みがバレて追いかけられて。それでも、路地裏に逃げ込めば安心できた。それも構造を全て把握していたからに他ならないが。あー、犯罪者の思考回路だなぁ。まあ、実際犯罪者だったけど。それで処刑されたんだもんな。
「家の中、探検してみるか......」
俺は、ぐぅっと背伸びをしてドアノブに手を伸ばす。が、届かない。イスを踏み台にしてギリギリ手が届いた。幼児の身体って不便だな。なんとかドアを開けて部屋の外に足を踏み出す。
その時だった。
「きゃあああああぁぁ!」
それは、前世に聞き慣れたそれだった。悲鳴だ。まともに対処できるのは、多分俺くらいだろう。前世で荒事には慣れている。短い足を必死に動かして悲鳴が聞こえた方向に走るけど、あまりにも遅すぎる。再三思っているが、幼児の身体ってマジで不便だ。
「サント様、危険です、逃げてください!」
家の使用人が叫ぶ。俺はその使用人を睨みつけた。
「俺がその危険をどうにかする。行かせろ」
「......っ、わかりました。ただ、私もお連れください。防御系の異能がありますので、お役に立てるかもしれません。何より、サント様をお一人で行かせるわけにもまいりません」
まあ、行けるのならいいか。
「わかった。行こう」
使用人に抱き上げられて現場に向かう。バンっと開けられた扉の向こうに広がるキッチンに「明らかに犯人です」って感じの男が立っている。刃物持ってるしね。
「誰かと思えば、狙いが自ら来たのか。都合がいい」
......狙いは俺か。予想どおりといえば予想どおり。聖人だと呼ばれている俺が狙われないわけがないからだ。
「お前、何してくれてんだ? 騒ぎを起こされたら困るんだけど」
幼児らしからぬ、威圧的な言葉だとは自覚している。だけど、止める気はない。
「俺の周りで事件なんて起こさせねえよ」
殺意を剥き出しにしてそう言っても、男は引き下がってはくれない。
「そんなハッタリ、通用すると思ってんのか? 子どもが何かしようとしたところで、結局何もできねえんだよ」
「ふぅん。俺、自分を大切にしてくれる人を傷つける奴は許さないって決めたから。今すぐ去るなら見逃してやるけど?」
あんまり殺しはしたくないんだよ、こっちは。やるというのならもちろん受けて立ってやろうと思ってるけどね。
「上から目線の聖人さんよぉ、さっさと諦めてくれねえか?」
「は? ふざけてんのか?」
何も取り繕わない、素の声が出た。諦めるわけがないだろう。
「こいつがどうなってもいいのか?」
そのセリフにはっとした。いつの間にか料理人が捕まって、首筋にナイフを当てられている。俺の中で何かがブチ切れた。
「殺戮守護者!」
異能を展開すると、空中から刃が出現した。無数の刃は俺の思ったとおりに操作できる優れ物だ。試しに一つ、ぶつけてみる。円月輪は見事に男の腕に突き刺さった。傷からじわりと血が滲む。
「ああああああっ!」
男が痛みに声を上げる。腕を抑えたことで男が彼女を拘束する力が緩んだ。
「ガード!」
使用人が男の隙を突いて鉄壁の異能を展開させ、料理人を護る。こいつを連れてきて正解だったな。
「二人とも、俺の後ろにいろ。そこは危険だ」
二人が安全な場所に移動したのを見届けて、俺はじっと犯人を見据える。狙いを定めてしまえばこっちのもんだ。さあ、お返ししてやるよ。これから先は、ずっと俺のターンだ。
「行け、乱舞刃!」
円月輪が俺の望んだ軌道を描いて男に突き刺さる。前世の経験のおかげで人間の急所は完全に把握している。グサグサと刺さる刃に、男はついに膝をついた。
「聖人だと崇められていい気になってるんだな? そうだろう! お前は子供なんだよ。お前自身には何もできないんだよ!」
傷口から血を溢れさせながら男が叫ぶ。
「俺には何もできない? ふざけるのも大概にしとけよ? ここにいるみんなは俺が護る。護ることができる。俺の異能はそういうものだ」
自分の異能で人を殺してでも、みんなは護る。人を殺したくないというのは嘘なわけではないが、それよりも俺が護りたいものを力ずくでも護ってやる。前世は罪なき人を無差別に殺していたんだ、今度は護る側になってやるって決めてるんだよ。そう__例え、何をすることになったとしても。
俺の異能は「殺戮守護者」だ。護りたいもののためなら何でも犠牲にすることができる。それが命であったとしても、だ。殺戮によって、俺は守護者になる。俺の想いが大きければ大きいほど、それに比例して守護者の力が強大になっていく。正直、危険過ぎる。天使も言っていたが、この能力は両刃の剣だけど、その分強力な異能なのだ。
「消えろ」
殺気と怒気を込めて言い放つ。その言葉に男のくすんだ茶色の瞳が恐怖に染まった。今更気づいても、もう遅い。俺を敵に回したのが悪いのだ。
「急所直撃」
さっきからずっと幼児らしからない言動だとは思っているが、正直やりすぎたかもしれない。現場に残っているのは、俺と使用人、そして料理人だけだ。半分肉塊の状態である犯人は誰が見たって死んでいるのが一目瞭然でわかるだろう。
「サント様......」
その声に俺はそっと振り返る。聖人だと思っていた人物がこんな残酷なことをするとは、彼らは思っていなかっただろうから。失望されただろうな、と思っていた。案の定、料理人は泣いていた。使用人は表情が読めないが、若干瞳が潤んでいる気がする。
「えっと......これは......」
頭が真っ白になって、上手い言い訳が思い浮かばない。俺はハクハクと口を開け閉めして言葉を探す。
「ありがとうございます! やはりサント様は聖人です。改めてそれがわかりました!」
「素晴らしいです! 感動しました!」
「は......?」
感激したようにそんな事を言う二人に困惑が隠せない。
「普段は朗らかでいらっしゃるのに敵対者にはあのような容赦ない態度......。幼くしてすでに聖人の風格を持ち合わせておいでなのですね!」
料理人が瞳をキラキラと輝かせて、興奮したように言う。その言葉に普段冷静な使用人がコクコクと激しく首を縦に振って同意していた。いや、何この状況。控えめに言って意味わかんないんだけど。
「えっと......。とりあえず、母さんのところに戻ろう。無事だって、知らせなきゃ」
なんとか話を逸したい。そんな気持ちで口を開く。こんな意味不明のこと言う人たちのテンションについていけない。そして、ついていく気もない。
「そうですね、忘れてました」
忘れるか? 普通。しかも、忘れてた原因って俺だよね。興奮して忘れてただろ、絶対忘れないようなことを!
「行きましょう。あれだけの異能を使用されたのですから、お疲れになっておられるでしょう?」
使用人の言う通りだ。強力な異能を使いまくったせいか、昼寝で回復したはずの身体が重くなっている。少なくとも今は眠たくないが、ゆっくりしていたい。
再び使用人に抱えられて外に出る。
「サント! 良かった、無事で......」
俺を見た母さんは声を震わせた。俺が自ら危険に突っ込んでいったことで心配していたんだろう。結果オーライだったけど、心配させてしまったことをちょっと反省する。
「聖母様、サント様は本当にすごいです! 絶対絶望的な状況から大逆転して助けていただきました!」
その説明じゃ伝わらないと思うんだけど。そして、話逸らせてなかったし。何で聖人として崇めていた人間が四歳という幼さで人殺しに成り果てたのにテンション高いんだよ。
「わたしは聖母ではありません。サントは間違いなく聖人ですけどね。あと、興奮していて何を言っているのか全くわからないから落ち着きなさい」
え、母さん、ちゃっかり自分にとって都合がいいように訂正してない? てか、疲れすぎて何も考えたくないんだけど......。身体がだるい......。
「母さん、疲れた......」
ぐてりと母さんに体重を預ける。ん、気持ちいい......。
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