第12話 誤解

 一瞬時間が止まった。

 体感では十分ほどだったが、実際には数秒だっただろう。


 星奈さんと目が合った。


 ドクドクと心臓が早まる。


「かかか、香澄!? こ、これは違うのよ!」


 慌てて立ち上がる西園寺さん。


「ただ転んじゃっただけだから、いや……本当に……」


 西園寺さんは下を向いて。


「ごめん、悪気はなかったの。ただ転んじゃっただけだよ……本当に」


 星奈さんの目が虚になっていくように見えた。


 ああ、俺はまたしても星奈さんを傷つけてしまったのか……。


 立ち上がり、星奈さん向かって頭を下げた。


「ごめんなさい、俺が俺が西園寺さんと会っちゃったばかりに!」


 困惑する西園寺さん。


 俺は俺は俺は俺は。


「静香、本当にたまたまなんだよね?」

「う、うん……」


 星奈さんは作り笑いで。


「私、静香が言うことを信じるよ。ほら、帰ろ」

「う、うん……」


 二人は屋上から去っていく。


 止めなきゃ。

 誤解を解かなきゃ。

 俺は星奈さんをまた傷つけてしまう。

 ごめん、星奈さん。

 ごめん、星奈さん。

 言わなきゃ、星奈さんに嫌われる!


 二人は扉を開けて去っていった。

 

 俺はぼったちでしばらくぼーっとしていた。


 嫌われた……。



 一時間ほどぼーっと屋上から景色を見てから俺は帰ることにした。


 下を向きながら歩く。


 星奈さんをさらに傷つけた罪悪感……いや、本当は星奈さんに嫌われてしまったことに対しての気持ちの方が強い。


 俺、何してるんだろう……。


 玄関の前に一人の制服を着た女子が寄りかかっていた。


 それが目に入るや否や俺は目を大きく見開いた。


 間違いなくそれは星奈さんだった。


 虚な目でこちらを見る星奈さん。

 犯されかけた時とは比にならないほどに虚な目をしていた。

 目からハイライトがなくなっていた。

 そう見えた。


 胸が苦しい。


「ほ、星奈さん……」

 

 星奈さんの前に立ち、俺は下を向きながら声をかせた。


「……ショータロー」


 星奈さんの目からは大量の涙が溢れ出す。


 ああ、ごめん、ごめん。


「私のことより香澄の方が好きなんですか?」


 俺は星奈さんを抱きしめた。


「そんなことない!」

「……なら、なら、なんで香澄を……」

「事故なんだ、俺は星奈さんの方が……」

 

 言葉が詰まった。

 

 ふとここで俺は思ってしまったのだ。


 ──俺は星奈さんのことが好きなのか? 、と。


「大切です……」


 住む世界が違った人間とこうして話すことができるようになった。

 けれど、別に好きという感情はない。


「証拠を見せてください、私と子作りをしてください……」


 好きなのか、好きではないのか。

 わからない。

 俺にとって星奈さんは俺が心を傷つけてしまった人であり、恋愛的に見ると好きではない。

 好きだとは思えない。


「……うん」


 これで星奈さんの心が癒せるのなら、もうこの方法しかないのかもしれない。

 だから俺はそう答えた。

 よくよく考えると、星奈さんなんて美人な人とヤれて俺もラッキー。

 星奈さんも心が癒える、つまりウィンウィンだ。

 最低なことぐらいわかっている。

 けど、これしかないんだ。


「……なら、早くお家に入れてください」


 星奈さんの下の地面が濡れていた。


「想像するだけで限界なんです……」


 上目遣いで泣き目でそう言う星奈さん。


「わかった。……本当にあれは事故だったんです……」

「はい、私はショータローが言うことを信じるとします。だから、ほら、子作りをしましょ♡」


 これでいいんだ。

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