赫焉に血咲く物語

ひみつ色

第1話『赫焉に血咲く物語』

 かつて生きていたとは思えない程、原型を失ったナニカの体。今、僅かにソレが動いた。血の滴るソレは、体のどの部位だったのかさえ分からなくて。気を狂わす程の生暖かい血の匂いは、狭く閉ざされた部屋に充満し、鼻を焦がし続けている。

 そんな、血の嵐が過ぎ去ったかのように凄惨な部屋で。一人、首を傾げる少年が居た。


 歳は15程だろうか。幼さの残る、しかし芸術品と見紛う端麗な顔立ちは動きはせずとも困惑を滲ませ、大きく瞬いた瞳は床に広がる自分と誰かの血が混じった赤い海を眺めていた。


 扉を叩く大きな音。複数人の足音と、怒鳴り声。少年は聞き慣れぬそれに鬱陶しさを交えて顔をしかめつつ、服が汚れるのにも構わず血の海に座り込む。


「あぁ、血だ」


 言いながら、血を両手ですくって啜り始め。赤く汚れていく口元は、裂けたような模様を描く。

 恐ろしく異常な光景とは裏腹に、少年が思う事と言えば “母様はどこへ行かれたのだろうか” なんて疑問だけ。

 少年が辺りを見渡す。しかし、母の姿はどこにもなく、家具や壁に血色が咲いた部屋が見えるばかり。目の前にある肉の塊となり息絶えたソレが、母だったモノとは気付かない。

 母の死に気付けぬのは哀れなのか、幸せなのか。どちらにせよ事実が動く事はなく、少年は “母様” と呼び慕った者の血を啜り続ける。


 バァンッ。

 扉が勢い良く蹴破られ、大人達がなだれ込む。大人達は皆同じ服。制服の胸に光るエンブレムは、階級を表す色こそ違えど形は同じ。ドラゴンが象られたそれは、つまり大人達がこの国の騎士団である事を示していて。

 騎士団は真っ赤な部屋に尻込みしながらも、統率された動きで少年を取り囲み、武器を構えた。


「動くな! 手を上げて、ゆっくりと立て!」


 リーダー格の男が叫ぶ。が、少年は聞こえていないかのように、また血を啜り。騎士団は少年が誰であるかを知っているが故、無闇に攻撃する事もできず。

 一触即発の空気が、血の匂いに混ざっていく。……ようやっと、少年が今気付いたかのように騎士団を見た。血に塗れた手はそのままに、ゆっくりと立ち上がる。

 武器を構え直す騎士団。 “血ノ子供” を敵対する為死を覚悟して特攻してきた彼等だが。少年の眼を見れば、認識を改めざるを得なかった。

 …… “己の覚悟はこうも甘かったのか” 、と。


 大人達を見る少年の瞳は、純粋無垢。血に汚れていながら俗世の穢れを知らず、宿るのはただただ真っ直ぐな大人への疑問。そして、狂気。

 見惚れる程に美しく、しかし血で彩られた顔を僅かに傾げ。少年は、ただ問うた。


「誰だ? おまえ達は」



  ◇◇◆◇◇



 遙か昔の原初の時。

 この世界には、石も森も空も水も、大地さえも、何も無かったそうだ。いや、何も無いというのは嘘だろうか。


 ……そこには、赫焉があったらしい。


 どこまでも続く赤。ただ、それだけが広がっていて。そこに在ったのは赤き無だけ。そんな、永劫にも思える時の果て。突如として光が生まれ、一人の神がやってきた。この赫焉と同じ色の髪と瞳を持つ神だ。

 神はまず、驚いたそうだ。その神が元居た場所にあるモノが、何一つなかったのだから。


 ならばと神は、大地を作った。次に、水を張って海を、青を塗って空を、緑を蒔いて森を、灰色を固めて石を。色が赫焉を覆い、元在ったそれは見えなくなった。満足した神は、眠りにつく。最後の仕上げに、生物の種を埋めてから。


 長き眠りの果てに、神は呼び声を感じて目を覚ます。

 目覚めた先には、人間という種の男が居た。


 男は、神に教えた。

 神が埋めた命により、世界には数多の生物と幾つかの文明が成り立った事を。男は、長過ぎる眠り故に心を忘れてしまった神に感情を教え、世界を見せて歩いた。

 旅の果て、男が地に還る時が来る。神は、それを拒んだ。男が神に与えた感情を、神は男の為に使っていたから。

 神は愛する者の為、己の命を男に与えた。命を失った神は、今度は永遠の眠りにつき。男は神の力と寿命、赫焉色の髪と瞳を得た。

 現人神となった男は、世界の王として君臨する。


 それから、200年。

 男は、死んだ。体が崩壊し、消え去ったのだ。原因は不明。寿命なのか、男が望んだモノなのか……それさえも、分からない。

 ひとつ確かな事といえば、男はそれを予見していた、という事だ。でなければ、遺書など書く意味はないだろう。


 遺書には、ただ簡潔に。

『己の意志を七人の女に託した。その女の子供達は、既にこの世界へ潜んでいる。

 我が子達が世界へ及ぼす影響は測り知れない。それが、吉となすか凶となすかも。

 彼等をどう扱うかは委ねよう。ただ、一つ、忠告しておく。

  “関わるならば、覚悟せよ” 』



  ◇◇◆◇◇



 ────舞台は、これより十年後。

 意志を託された女達が、彼女らに育てられた子供達が。血に刻まれた運命を胸に、足掻いて諦め涙して、いずれ笑って生き死ぬ話。


 これは、赫焉に血咲く物語────。

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