第6話 ボクはXXXX
エウロパの部屋からジュリ先輩とセナ先輩が出てきたとき、見知らぬ少女と一緒だった。
ジュリ先輩の隣で余裕のあるほほえみを浮かべる少女は、都市でも指折りの名門校の制服を着崩していた。短く詰めたスカートやネクタイにゆるく締められた襟元から、細い脚や首が伸びている。
「私が撃ったアンドロイドのマスターだ」私の視線を察してか、セナ先輩は簡潔にその少女を紹介した。「狙いはエウロパの記録チップだ。彼女はどこかから、エウロパがかつてある屋敷で大量のレシピを管理する料理長として使われていたことを知り、その屋敷に代々伝わるガトーショコラのレシピをコピーしようとしただけ……だそうだ。数日前に何店かのパティスリーのアンドロイドを襲ったのも彼女らだ」
「そ、そうですか……でも、レシピ程度のデータならセキュリティーの軽いクラウドに――」
「クラウドにはないよ。あのレシピは秘伝のものだからね」少女は唐突に口をはさんだ。少しくぐもっていて、ゆったりした声だ。「シークレットゆえにおもしろい噂は絶えなくてね。あのガトーショコラは屋敷でまだ人間が働いていたころ、キッチンメイドが跡取り息子にこっそりプレゼントして見事に射止めたという、世間では知る人ぞ知る曰く付きのスイーツなんだよ」
「そんなただの言い伝えのようなもののために、アンドロイドは襲われたのですか……?」
「そういうことになるね。でも、勘違いしないでね。ボクはただ依頼を受けて動いただけだから。まあ、今回は失敗だったけど……」
言いながら、少女は踊るように軽やかに進んで、ドアにもたれかけさせたままのアンドロイドの前にしゃがんだ。「ほら、帰るよー」と声をかけながらアンドロイドの口に指を入れる。電源を入れたのだ。起動音が鳴り、アンドロイドは立ち上がった。少女もワンテンポ遅れて立ち上がる。
「じゃあ、ボクたちは帰るよ……と、その前に1つ忠告」少女は振り返って笑い、「このドア、直した方がいいかもね。アンドロイドははじかれないからさ」
アンドロイドがドアを開け、少女はアンドロイドとともに昼下がりの通りに出ていった。
少女は名乗らなかった。
電子メイドの体温と心の所在について(完結済) 佐熊カズサ @cloudy00
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