第3話 天国から地獄
放課後、篤史が一緒に部活に行こうと誘ってきたが、ちょっと用事があるからと断った。
教室でのろのろと机の中に入っていた教科書やノートをカバンに入れていると、生徒はほとんど帰ってしまい、教室には僕と澤村だけが残った。
狙ったわけじゃない、といえば嘘になる。
澤村は自分の席から僕の方を見ると、こっちに向かって歩き出した。
そして僕の席の前で止まって、なにやらそわそわとしだした。
この状況に僕は少し、いや、それどころかかなりあらぬ期待をしてしまっていたが、澤村が発した次の言葉で、僕は天国から地獄へと一気に叩き落された。
「ねぇ、水田君。水田君って、島村君と仲いいでしょ? 島村君ってどういう女の子が好みか知ってる?」
それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
そこから先はよく覚えていない。
澤村の度重なる質問に、よく知らないとかわかんないとしか答えてなかった気がする。
ただ、澤村が最後に発した、「水田くんって、島村君と仲いい割に島村君のことなにも知らないんだね」って言ったときの落胆した顔と冷たい声が頭の中に焼きついている。
島村、また島村か。
島村、おまえは僕をどこまで無意識に苦しめるんだ。
まぁ、いいさ、もうどうでも。
僕は鉛のように重い足を必死に動かし、帰路についた。
僕の家はどこにでもあるような二階建ての一軒家だ。
家に着き、玄関で靴を脱いでいると、祖父がリビングのある部屋からこっちに歩いてきた。
「おかえり」
「ただいま。じいちゃん、どっか行くの?」
「ちょっと知り合いの家に呼ばれてな。そんなことより元気がないけどなんかあったか?」
祖父はとても勘が鋭い。
それでいて優しいので、ちっちゃいころはよく相談事にのってもらっていた。
でも、もうそんな子供ではないんだ。自分一人で問題を抱えられる。
「なんにもないよ」
そう言うと、祖父は怪訝な目で僕を見てきたが、やがてため息を吐くと、こう言った。
「人生は長距離走だ」
祖父は玄関のドアを開けて去っていった。
いきなりなんだよ。
と思ったが、そういえばさっきの言葉はちっちゃいころからなにかあるたびに僕に言ってきたっけな。
僕が長距離走を走るきっかけとなったのも、思い返してみるとこの言葉を祖父に言われたからだった気がする。
僕はそれから自分の部屋がある二回へと階段を上って行くと、おそらくキッチンで夕飯の支度をしているであろう母に、テスト近いんだから夕飯前にちゃんと勉強しなさいよー、と言われた。
イラっとした。
親というものは勉強をやるよう急かすと、子供は逆にやる気をなくすということにいい加減気づくべきだ。
結局その日は勉強を少しもしなかった。
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