十四話
翌日、都の外で待ち合わせたティルと共に、あたし達はアンドリューから聞き出したブリスが隠れてる北の森へ出発した。正直、こうしてティルと顔を合わせるまで、あたしは不安で仕方がなかった。また何も言わず一人で行っちゃうんじゃないかって嫌な想像ばっかりしてたけど、ティルはそこまで冷たくなかった。昨日の言葉をちゃんと守って待ち合わせ場所に現れてくれた。それだけで一安心だ。でもここからが本番なんだ。次はこっちがそれに応えないと。でなきゃ何のために付いてきたかわかんない。
街道を北へ進むと、そこには広大な森が広がってる。寒さですすけた色に変わった針葉樹が無数に並んでて、その間には枯れ葉や雑草、低木が地面を隠すほどに茂ってる。森の中に道はないから、動物が通るような隙間を進むしかない。かなり歩きづらいけど、人が寄り付かなさそうなこんな場所なら、隠れ場所としては確かにいい場所かもしれない。
「……枝が折れてる。人間が通ったようだな」
ティルは低木を調べながら言った。見れば、木と木の間に生えた低木の端が、何かが強引に通ったかのように枝が折れて隙間ができてた。野生動物なら毛が付いてたりするはずだけど、そこには何もない。人間の可能性が高いだろう。
「近いのかもしれない。気を付けろ」
頷いて慎重に進んでく。今は昼間で明るく、まだ遠くまで見通せるけど、これが暗くなれば捜すのは困難になる。見えなきゃ背後から襲われたりもするかもしれない。そんな状況になる前には見つけたいとこだけど……。
「……あれ、って……」
辺りを見回してた時、遠くの雑草の奥に他の緑とは違う形の何かがあった。てっぺんが尖ってて、わずかな風に表面は揺れてる――
「ティル、あれ、テントじゃない?」
指をさして示した先をティルは凝視する。
「……そのようだが、ここからじゃよく見えない。もう少し近付いてみる」
あたしとティルは身を低くして静かにテントに近付いた。よく見える位置まで来て、木の陰に隠れながら様子を探ってみる。
「ここで寝泊まりしているのは間違いなさそうだが……誰もいないな」
雑草と低木に囲まれた中にテントはあった。それらと似た色のテントは小さくて、一人が横になれる程度の広さしかない。ブリス一人だけしかいないのかと思ったけど、焚き火跡の周りには椅子代わりにした三つの大きな石が置かれてる。それを見るに仲間は最低でも二人はいそうだ。
「どうするのティル」
「やつがいなければどうすることもできない。隠れて待ってみるか……」
あたし達は無人のテントから、それを見張れる位置まで離れて、ブリスが現れるまで木の陰で待ってみることにした。時々頬をかすめて通り過ぎてく風が寒い。このままこの冷たい風に吹かれ続けたら、手足が固まって動けなくなりそう。早めに現れてくれるといいんだけど。でも現れたら現れたで、その緊張でまた手足が鈍りそうだ。
隣に座るティルを見ると、いつも通りの落ち着いた様子で、意気込んでたり、あたしみたいにそわそわしたりはしてない。静かに、話を聞くべき相手を待ってる。盗賊団の頭に直接話を聞くなんて……よく考えれば無謀なことだ。しかもティルは元警察隊で、顔はブリスにばれてるはず。無事に聞き出せるとは思えない。だけど聞き出すしか恋人の遺体の行方を知る方法はないんだろう。難しい相手から、ティルはどうやって聞き出すつもりなんだろう……。
「ねえティル、もしブリスが現れたら、どうするの?」
ティルはテントのほうをじっと見ながら言う。
「当時のことを聞く」
「知らないって言ったら?」
「思い出させるさ」
「また、脅して?」
「必要ならな」
「でも今回はアンドリューの時とは違う。仲間がいるかもしれないんだ。脅したとこで素直に話すかわかんないよ。それ以前に、あたし達を見た瞬間に襲ってくるかも」
「そうなれば力でねじ伏せるまでだ」
あたしは思わず眉をひそめた。何だか、いつもの冷静なティルの言葉らしくなく思えた。
「あんまり言いたくはないけどさ、ティルは右腕失ってて、戦いになれば不利になる。そんなことになれば今度こそやつに殺されちゃうよ」
「あの時に俺は死んでいる……これ以上失うものはないよ」
淡々と言うティルの横顔を見つめた。疲れたような、物悲しげな表情は、やっぱりという胸騒ぎを起こさせる。
「や、やめてよ? ここで、何もかも終わりにして死ぬとか、そんなの嫌だからね」
これにティルはようやくあたしのほうを向くと、薄い笑みを浮かべた。
「俺には、魔法がかけられていてね」
「……え?」
脈絡のない唐突な言葉に、あたしは意味がわからなくて聞き返した。
「魔法って、何のこと?」
「本当はもう、死んでいるんだ。俺は」
「何を言って……」
あたしはその意味を自分なりに解釈して考えた。恋人と一緒に襲われた日、それは明るい未来を奪われた日でもあって、そういう意味じゃティルは一度死んだも同然なのかもしれない。でも、置いてきた恋人の遺体を探してる今は、絶対に見つけるっていう執念の魔法を自分にかけ、どうにか生きてる――ティルはそう言いたいんだろうか。だとすると、その魔法がなくなったら、ティルはもう……。
「へ、変なやけ起こさないでよ。ティルはまだ死んでないし、恋人を弔うまで死ねないでしょ? ブリスがどう出てくるかわかんないけどさ、上手くいって聞き出せて、全部が終わったら飲みにでも行こうよ。ね?」
そう笑いかけてみたけど、ティルは黙って微笑むだけだった。あたしの胸騒ぎはますます大きくなった。これまでも心配してたことだ。ティルは目的を果たした後、一体どうするのか。自然に任せるって前は言ってたけど、その自然て何? 風の吹くまま各地を歩き回ること? それとも自分の心に従って動くってこと? もし後者だとしたら、自分はすでに死んでると思ってるティルは、やっぱり恋人の後を――あたしは嫌な想像に目を閉じた。あたしのことを何度も助けてくれた人が、自分の命を自ら捨てたりするだろうか。でもティルは、自分に生活なんてものはもうないとも言ってた。だから持ってる金を惜し気もなくあげたりして……。
隣のティルをちらと見ると、視線はまたテントの見張りに戻ってる。胸騒ぎが治まらない。このままじゃティルが取り返しのつかない道を選んでしまいそうで怖い。あたしの思い過ごしで済めばいいけど、そうじゃなかったらあたしは自分を責めることになる。だけどそれを避けるためにブリスとの接触を止めることはできない。恋人を見つけることがティルの望みである限りは……。こんなつもりじゃなかったのに。あたしはティルの力になるつもりで付いてきたんだ。ティルがまた前を向いて進めるように。一体どうしたらいいんだろう。恋人は見つけてあげたいのに、ブリスには現れてほしくない。ティルの望みは叶えたいけど、それはあたしとの別れにもなる。矛盾する気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって頭を惑わせる。このまま時間が止まってくれればいいのに。二人だけの時間が、長く、ずっと――
「誰か来る」
呟いた声にあたしは意識を前に向けた。
「……どこ?」
「テントの奥だ」
見ると、その奥から茂みを抜けて人影が近付いてくる。一人、二人、三人……どうやら三人だけみたいだ。
「ブリスがいる」
テントに到着した辺りで先頭にいた男の顔がはっきり見えた。背丈と肉付きはそこいらの男と変わらないけど、整えられた黒い短髪に狼を思わせる鋭い顔付きは、やっぱ盗賊団の頭だけあって只者じゃない雰囲気がある。あれがブリス……もうちょっと歳がいってると思ってたけど、手下のアンドリューとあんまり変わんないように見える。
「仲間は、男と女が一人ずつか」
女と聞いて、あたしはすぐに後ろの二人に視線を移した。男のほうは小汚い格好の、いかにも盗賊らしい見た目のやつだ。そして女のほうは、一見するとこっちも男かと思う上着とズボンの格好で、でも一つに結った茶の髪や顔はやっぱり女だった。犯罪集団って男ばっかの印象があるけど、女の仲間もいるんだな……ここへ来て、また別に嫌なことができた。
三人は焚き火跡の周りに集まると、仲間の男がそこに火を付け始めた。ここは寒いから温まるつもりなんだろう。女は側に溜めてあった枯れ枝をくべ、ブリスは椅子代わりの大きな石に腰を下ろす。そんな三人の腰にはそれぞれ剣や手斧がぶら下がってる。ティルのダガーより大きくて、確実に威力もありそうだ。戦ったら武器での勝ち目はまったくなさそう……。
「……ティル、どうすんの?」
「もちろん、聞きに行く」
「このままいきなり行って? 危な過ぎるよ。三人とも武器を持ってんだ。ブリスが一人になるのを待ったほうがよくない?」
「ここはやつらの隠れ家だ。ブリスが一人になるのは考えにくい。動くなら三人一緒になるだろう」
「でも、あっちは武器を持ってる三人で、こっちはティルしか武器がない二人だ。数で負けてる上にあたしは戦い方なんてわかんないし……」
「エドナは何もする必要はない」
「何もって、そんなわけには――」
ティルはあたしの肩をぽんと叩いた。
「話を聞くのは俺だけだ。エドナはここで隠れていろ」
「一人で出ていくっていうの? そんなの絶対駄目に――」
「しっ」
思わず声が大きくなったあたしの口にティルは手を向ける。
「……いいから、ここで隠れているんだ」
「やだよ。あたしも一緒に――」
「大丈夫だから。待っていてくれ」
するとティルはおもむろに立ち上がり、木の陰からテントのほうへ歩き出した。
「ティル……!」
手を伸ばして止めようとしたけど、触れる前にティルはあたしから離れてった。ついにブリスと顔を合わせる時がきてしまった。望んでたことだけど、今は望まないこと……あたしにはもう、どうすることもできない。
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