オリジナリティに関する諸々の制約

 斉藤さん、ゴメンなさい。

 たぶん元ネタがあるのだろうなと疑いながらの高評価だったのですが、あの頃、パオロン=生体宇宙船というガジェットはそれなりにセンス・オブ・ワンダーだな、と思っていました。とりあえず『Wikipedia』レヴェルのおさらいをしてしまうと、生体ではない(まあ少なくとも船体自体は?)のですがその手の宇宙船の定番だろうアン・マキャフリイの「歌う船」の初出が 1961 年と意外と早いのですが、同作、巽孝之の『サイバーパンク・アメリカ』(勁草書房版は 1988 年刊)などと絡めサイバーパンクの一例として広く認知されたといったところもあり、やはりパオロン、同作のヒロイン=ヘルヴァにだって負けちゃいないぞ! と叫んでしまっても決して過言ではないのではないでしょうか?

 とはいえラノベには若い読者たちを本格的ハードSFだとか、本格ファンタジーだとか、あるいは本格ミステリーだとかへと誘うという役割りも期待されているわけですから、何も最先端を突っ走ることだけが高評価につながる、というものでもないでしょう。『ダーティペア』のムギの設定が同「作オリジナルのキャラクターではなく、A・E・ヴァン・ヴォークトの古典SF小説『宇宙船ビーグル号の冒険』に登場する同名の生物(=クァールという生物)から引用されている」などといった点なども、ラノベのそのような役割りを考慮するなら、むしろ高評価へとつながるべき点だろうと思います(それで問題のコラムでは『ダーティペア』のほうが?)。

 さらにそうした問題、まあ言ってみればラノベにおけるオリジナリティを巡る諸問題は、元々この文書で取り上げようとしている友野詳が直面している課題、困難、使命などにも関わってくる問題群でもあり、また過去に遡って少年・少女小説などの要約・翻案の問題などにも、またさらには翻訳文化そのものの問題などにも関わっくる問題だろうと思います。

 要するに海外で話題の何ものかの紹介とそれへの誘導という役割りがラノベにも、少年・少女小説にも、翻訳にもそもそもの初めから課せられているわけですが、他ほうでそうして生みだされた作品そのものへの評価に関しては、「もしあなたが書いている作品が大量生産・大量消費の作品でしたら、名興文庫は出版しません。オリジナリティがある作品を求めます。//オリジナリティとは何か? それは、あなたという人間が垣間見える作品です。よくあるパターンの物語ではなく、よそから拝借した世界観で繰り広げられる物語ではなく、あなたが真剣に考え描き出した物語を求めています」などといった点を評価基準にするということになっているわけですから、ラノベも、児童向け文学全集の翻案作品なども、あるいは翻訳作品そのものに対してもひょっとして、真の文学作品ではないといった評価が下されかねないのではないでしょうか?

 その辺は間テクスト性だとか、著者は死んだだとか、アウラの喪失だとかと言って騒いでいた先の巽孝之などにもう少し頑張って欲しいところなのですが、そうは言ってもたとえば、黒丸尚の翻訳などは、私にはやり過ぎなのでは? という風にも感じられたりもするわけで、同氏のいわゆる「ルビを多用した独特の文体」では「転じた」に「フリップ」などとされている箇所が多々あったかと思うのですが、これ、音読する場合、一体どうしたらよいのでしょうか? 私自身は黙読なのにわざわざ「フリップじた」などと読み、どうもモタモタしているな? などと感じていたのですが……。

 もっともこの点はファンタジー系ラノベ、あるいは同翻訳についても言えることで、「板金の鎧」に「プレートメイル」、「細身の剣」に「レイピア」、「弩」に「クロスボウ」などとルビが振られている場合などなど、読み難いことこの上ないです。また「小鬼」という訳語はあれで本当によいのでしょうか?

 とはいえファンタジー系ラノベには当初から、通常の翻訳・翻案作品にはないもう一つの余計な使命が課せられていたのです。

 たびたび引き合いにだしてしまって恐縮なのですが、れいのコラムでは「1990 年代に流行したファンタジーブームでは、テーブルトークRPG(TRPG)のプレイ記録を小説に書き下ろしたリプレイ作品が出版されました。これは一から自分で世界を構築し物語を作成するのではなく、すでに他の人の手によって完成された世界をベースに物語を創作するテクニックに他なりません。この手法を使えば簡単に物語を紡ぐことはできますが、限られた世界の中でしか物語を描けません」などと否定的に語られてしまっているのですが、そもそも、『ロードス島戦記』の初期リプレイ三部作などは、『D & D®』という、ここで問題視されているTRPGの草分け的ゲームを日本に紹介・普及するという目的もあって、『コンプティーク』という小説誌ではない雑誌の誌上に連載されたものだったのです。

 つまりそれこそがファンタジー系ラノベに課せられたもう一つの使命でした。

 そしてここで問題になっているTRPGではキャラクターメイキングの結果をキャラクターシートに書き込む、などといった作業をまず最初に行うわけですが、種族(人間、エルフ、ドワーフ、グラスランナーなど)、身分・職業(ファイター、プリースト、ソーサラー、シャーマン、シーフなど)を書き込む作業の他に装備などを書き込む作業もあり(これ、TRPGプレーヤー間では「お買い物」などと呼ばれていたのですが……)、左記シートの当該の欄に書き込まれる防具、武器などはいわゆる西欧中世風異世界のものということになるわけで、「レザーアーマー」、「ブロードソード」、「ロングボウ」などなど、読者として想定される日本語話者の少年・少女たちには解り難いものになってしまっていたのです。そのため「革の鎧」、「幅広の剣」、「長弓」などといったやや説明的な訳語が充てられ、それらにルビが振られる、などというスタイルにもなったのでしょう。要するに意味論的にも音韻論的にも、一筋縄ではいかないものなのです。

 またそれが読めてしまうということ自体が確かに、既成のお約束に乗っかってしまっているからだとも言えてしまうのかもしれませんが、とはいえ、そのお約束を識るためにもそれなりの読書が必要で、たとえば 1990 年代当時、書店の片隅に専用の棚なども設けられていた富士見ドラゴンブック所収の『モンスター・コレクション』、『キャラクター・コレクション』、『アイテム・コレクション』などの Fantasy File シリーズなどは、個々のゲームの枠を超え、そうしたファンタジー関係の知識を収集、例示したものだったのです。

 加えて、ダンジョンのレヴェルでのそれを超えた背景世界そのもののマップも自分たちで用意することが当たり前でしたし、ハウスルールという、自分たちオリジナルの魔法などを表現するために使われたりもする独自の拡張ルールなども、自分たちで作ることが当たり前でした。

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【ラノベ】友野詳はどこへ行った?【敬称略で済みません】 あんどこいぢ @6a9672

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